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アーネスト番外編スピンオフ/ナヲズミ編(7)


前回までのあらすじは
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第7話


北海道の大学に進学をして、

大学2年生のときに、
ナヲズミは…その情報を見つけた―――…。


「これ……、本当にか……?
 信じられないな……。こんなこと、実際にあるんだ……。」


ナヲズミが目にしたもの。

それは、
『宇宙飛行士の、パイロット候補者を募集』というものだった。

この先のプロジェクトに向けて、大々的な、
壮大な募集の告知だった。


なかでも、とくに目玉だったのは、
『一般の人でも応募することは可能』とあったことだろう。


――これまでの、宇宙飛行士の募集要項では、
あらかじめその道に近い人しか、候補者の対象になりえないことが
多かった。


…それを、一般の人でも、条件を満たせば応募することができる。


何を隠そう、ナヲズミも、その部分に
一番驚きを持ったのだった――。


(――こんなに、大々的に募集をすることは、そうそうないことだろう……。
…この中から、本当に…、パイロットが誰か…決まるのだろうか……。)


ナヲズミの心が、じょじょに揺り動かされていく――。


『今回の宇宙飛行士で選出されたものは、

有人飛行の月面着陸で、
月に降り立つ可能性もある見通し』


「月……。
ずっと昔に、アームストロングの飛行士たちが
月面着陸を成功したから……、

それから地上で2回目の、プロジェクトってことか……。」


昔の、過去の時代の頃のことは、
自分も生まれていないからよく知らない。


けれども、きっと当時の人々や世の中は――、
想像できないほど、大いに盛り上がっていたことなんだろうな……。


そこで、ナヲズミは高校生の頃に
よく考えていたことが、ふと頭によぎった。


≪亡くなった人は、星になって、
今いる人たちのことを、空から見てくれている≫


(じゃあ――、もしも月面からの場所でならば…、
……自分にも、その感覚が 分かることがあるんだろうか……。

…少しでも、いまの母の気持ちを、
汲み取ってあげることができるんだろうか…。)


こんなチャンス、もう人生で1回きりくらいしか、ないと思った。


(どうせ、応募そのものは自由ならば、
送ってみるだけ、出してみればいい。)


そのあとのことは、――それから考えればいい。


先にあらかじめ、どうなるかシュミレーションや予想をして
行動をする性格のナヲズミにとっては、

――こんなことは、後にも
先にも、まれなことだったと言えるのだろう。


自分がその行動をとって、
それからどうなるかなんて、

一切考えていなかった気がする―――。


……だからこそ、彼にとって、
その行動ができたのだろう。


ナヲズミに自分自身の――、新たな夢や、
将来の目標や、
未来への憧れが芽生えた瞬間だった。


宇宙飛行士の一般募集に、彼の履歴書を送った。


――それから その8ヶ月後。


…ナヲズミのもとへ、一次選考に
通過したことを知らせる書類が届いた―――。


*****


『ねえ、聞いた?
――うちの大学に、宇宙飛行士の募集で
一次選考に通ったひとがいるらしいよ!』


『ええ~~!?ホントに!?
すごい すごいっ!――だれっ!?それっ。』


『あ~!わたしもその話 聞いた~!

…でも、大学の先生たちも、
それが誰かは、全員は知らないんでしょ~~っ。

……だから、こっそりと教えてもらおうにも、
知らない先生もいるんじゃなぁ……。

…わたしの選択科目の先生は、ぜったい知らなさそうだなぁ……。』

1人の女子学生が、がっかりとした様子で言った。

そこになぐさめるように、友人の女の子が答えた。


『あはは。――もしも知ってたら、
言わずにはいられない先生だもんね。

…てことは、これを知ってるのは、
すご~く口の堅い教授の先生とかってことかな……。


その一次選考に通った人も、
派手好きな人とかじゃないのかも。

――もしもそうだとしたら、まっさきに
大学の先生や学長に伝えて、
あっというまに大学内の有名人だもんね。』


『あぁ~~、すごいなあ……。
せめて誰かだけでも教えてほしい……。気になるぅ~~…。

でも、学校内の有名人か……。
うらやましいような…、でも、有名になりすぎても
普通の学校生活が過ごしにくくなりそうな……。

秘密にしたい気持ちも、分からなくもないや……。』


『あはは。そうだね。
――さっ、私達は、レポートの課題っ!』


大学でも、『自分たちの大学から、宇宙飛行士の募集に
1次選考で通った人がいるらしい』と、知る人ぞ知る噂になっていた。


(だけど、それがナヲズミだと知らない人のほうが大半だった。
――それを知っている人は、本当に、ごくごくわずかの一部だった。)


募集に通ったことを抜きにしても、
大学では、高校時代の頃よりも寡黙なタイプで過ごしており、
にぎやかで派手なグループとくらべると、一線を置くような存在だった。


…とはいえ、決して彼が
大学のキャンパスの中で浮いていたかと言うと、
そうでもなかった。


ナヲズミは、心許せる友人や知り合い、
それに信頼できる教授と過ごすほかには、基本的には
1人でいることも珍しくはなかった。


――けれども、それは内心、周りも彼の存在を
感じ取っていることだった。


彼が、だれか友人といつも一緒にいないのは、
友達や仲間が少ないのではなく、

1人で過ごすことが、こわくないから
なのだと。


……たいていの子は、1人で過ごすことが寂しくて、
その孤独が嫌で、少人数でも、グループでも、
だれかと一緒に属したくなる。


それが、気が合う仲間であっても。
ほんとうは、そこまで気が合わない友人であっても。


…たいていの子は、そちらのほうを選ぶのだ。


しかし、彼はそれを選ばない。


1人で過ごすことを恐れないし、かといって
周りの全員を取り入れないわけでもない。


ちゃんと気が合い、自分が受け入れた相手には、
普通に話すし一緒に過ごすこともある。


そんな、彼の強さと、
――それから、成績も優秀だということもふくめて。


ナヲズミの、彼の、その様子や雰囲気を……。


男女問わず、ときおり憧れに
満ちたような視線の生徒もよく見かけた。


……でも、どんなに遠くから眺めたとして、彼が普段、
どんなことを考えているかまでは、

遠くから見ているだけの人々にとっては、
きっと掴みきれなかったはずだ。


だからこそ、彼が宇宙飛行士の一次選考に受かった人だなんて、
おそらくだれも予想していなかったのだろう――。



だれか、自分たちが知らないスゴい人が、
別の学年やキャンパス内にいて、そのひとが――宇宙飛行士の1次選考に
選ばれたのだと……。

大学のみんなはきっと、このように、個々の思い描く
ヒーロー像を
浮かべていたに違いない……。


***

さて、大学のキャンパス内では このように噂程度で終始していたが、
自分の家となると、こんなふうに ぼかしたままではいけない。


――当然、自身が通過したことを、
父と、それから弟にも打ち明けた。


……それを聞いて驚いたのは、まず、弟のヒロキのほうだった。


「どどどっ!どーしよっ!
自分の家から、宇宙飛行士のひとがえらばれるなんて~~っ!!

あわわわっ、お……、おれっ、家族の人のインタじゅーとかでっ、
電話の取材とかが入ったらっ、なんて答えればいいんだろ~~っ!!!

うわ~~っ!!
もし注目されることになったら、めっちゃあせる~~~っ!!」


「落ち着けヒロキ。――まだ一次選考を通っただけだ。

これから二次選考とつづいていって、…最終選考に通った人間だけが、
本物の宇宙飛行士のパイロットに選ばれるんだ。

まだ、すぐに通ったってわけじゃない。」


「あ……、そ、そうだよね……。ごめん……、先走って……。」


落ち着きを取り戻したヒロキが、我に返って答えた…。
そこに、父が訊ねた。


「それで……、どうするんだ?
このあとの適性試験がつづいていったら――、ただの書類選考だけじゃ
なく、……宇宙飛行士になれるかどうかの、訓練なんかも入ってくると
書いてある……。

…しかも、それは国内じゃなく、外国の…国際宇宙機構のところで、
合宿のように訓練や学習があると説明に書いてある……。


…ナヲズミは、…自分では、どうする気持ちなんだ……?」


その言葉に、彼が頷いた。

「――もちろん、……辞退する気持ちなんか、まったく無い。

……自分で、
つかめたことなんだ。

……このまま、
進み続けたいと、そう思っている―――。」


「ナヲズミ……。」

「兄ちゃん……。」


「それで、今日は父さんに、頼みに来た。
……宇宙飛行士のパイロットの、選抜試験で――、

これからしばらくの間、国外に行くことを、ゆるしてほしい。


……承諾して、認めてほしい。

――費用については、実家の家には
迷惑をかけないつもりだから―――。」


「……それを、……反対なんか…、するもんか……。」

    父が言った。


「…ナヲズミ、お母さんが亡くなってから、
よく夜に星空を1人で見ていたりとか、していたもんな……。

…自分は、それを知っていたけど、

どう話をするか、
いい会話が思い浮かばなくて、

一緒に星空を眺めてあげることが、してやれなかった。」


***

(あれ、ナヲズミは?)

(うん、兄ちゃん
いま外の庭で、星を見てるって言ってたよー)



(そうか……。)


そうヒロキから聞かされて、庭先へと出た父。


(ナヲズミ、外が寒くなってきたら、
家の中に入るんだぞ。)

(うん、分かった。)


「きっと、お母さんのことを1人で考えているんだろうと
そう思っていた。……でも、父の自分には、…いつもそのくらいにしか、
声をかけてやれなかった。」



また別の日の夜、父はふたたび
ナヲズミが庭先にいるのを見て、外へ出た。


***

(ほら、外にいるなら、この上着も着ておくといい。)

(うん。)


「…自分が夜に、外の庭に一緒に出ることは、
……ナヲズミと、お母さんとの2人の時間を邪魔することのように思えて、
入っていけなかったんだ。


……でも、ナヲズミは、――ただ悲しむだけじゃなくて、

ちゃんと自分の将来とか、
未来の道を、見つけたんだな……。


自分1人で……。自分の力で……。


偉いよ、ほんとうに―――。


お母さんと似て、やっぱり理科や科学に惹かれる子に
育っちゃったんだな……。ははは……。」


感傷的になった父が、眼鏡をはずして、
自分の目頭を押さえた。


……そして、ナヲズミへと、顔を向き合った。


「いいよ、――行ってきなさい。

ナヲズミの夢を……、
お父さんも応援したいと思っているよ―――……。」


「父さん……。」


「大学のほうは……来春からここに行くならば、
やめることになるんだろう?

…その、手続きとかはどうするんだ?
いますぐ、進めたほうがいいものなのか?」


その問いかけに、ナヲズミが答えた。


「いや、いますぐにやめると、時期的にも区切りが悪いし、
周りも疑問だろうから。

――だから、来春になるまでは、
このまま大学の学校生活を普段通り過ごすつもりだ。


…それから、来春の進級する時期で、
学校を抜けようと思う。

……お世話になった、教授の先生や仲間の友人も、
少人数だけど、いるにはいるから。


……だから、その人達だけには本当のことを伝えておいて、
それから春に向けて、ほかの周りには内密に、進めていきたいのが
本音だ。


…春から大学を抜けた理由も、
ほかの大学や研究室などに移ったとか、なにか
それらしい理由を表向きに伝えてもらえればいいと思っているよ。」


「そうか……。そうだな。
…じゃあ、残りの大学生活も、心残りがないように、
しっかりと過ごしてくるんだよ。」


「うん……。分かっているよ――。」


****

そして、ナヲズミは今、こうして残りの大学生活を送っていた。


周りでは、彼が選考に通ったことを知らない人が大半だ。
…しかし、彼はそれでもいいと思っている。


弟のヒロキは、家に友達を何人か呼ぶこともあったし
ときには彼女かと思われる女の子を、高校生になって
家に連れてくることもあった。


しかし、その一方で、兄のナヲズミは
大学生活は派手な生活でも、
だれか特定の彼女を作ることもなかった。


けれども、ナヲズミ本人は、
そのことには特には気にしていなかった。


――きっとおそらく、大学生活も、
自身の中で納得できる過ごし方ができたのだろう。


自分が恵まれていることに、
心の奥で感謝をした――。


***


それからナヲズミは、1月後半の時期に、

親しい教授の先生など
これまでお世話になったことへのお礼と
あいさつを伝えた。


友人の仲間たちや先輩の数名からも、
「向こうに行っても元気でな」と励まされた。

きっと、彼らからは、その後
自分たちがどう過ごしているかの近況の手紙や
連絡などは
送らないことだろう。

…薄情なのではなく、これがいい区切りのかたちとして、
お互いのことを信頼して、尊重しているからだ。


だから、ナヲズミに向けて、
『今日の訓練はどんなことをした?』と
水を差すようなミーハーな連絡もしないし、その反対に、
『自分の春からの新生活の奮闘話や世間話』なども、
ナヲズミが聞いたり、訊ねたりすることもないだろう。


――それが、ちょうどいい関係性ならば、これもまた、
歓迎すべき変化だった。


大学に足を運ぶ、最後の日。
ナヲズミは、仲間や先輩たちと1人ずつ、握手をした。


*****

それから春。

北海道の大学から、
外国にある、国際宇宙機構へ移ることとなった。

(見送りの空港では、弟は、おもわず感極まって、泣いていた。
ナヲズミがなだめて、ようやく落ち着きを取り戻したが――、
搭乗口を通るときには、弟のヒロキもまた、大きな声で両手を大きく
振って、声をかけていた。)


――その様子を胸に、ナヲズミは心の中に焼きつけて、出発をする。


(行ってくるよ、……父さん。…ヒロキ。……それに、……母さん。)

見送りに来てくれた2人と。

…その横に、母のフユミも笑顔で
手を振ってくれている様子が。


……ナヲズミの、心の中には浮かんでいた――。


(つづく)

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