アーネスト番外編スピンオフ/ナヲズミ編(12)
これまでのあらすじは
こちらからどうぞ↓↓
前回までのあらすじ
夏の時期、実家の改築のために
都内から実家の北海道へと帰省してきた
ナヲズミ。
そこでは父のコダマと弟のヒロキが
あたたかく出迎えてくれた。
そうして、部屋のものを片付けながら、
ナヲズミはこれまでの自身の過去を
振り返っていった――。
***************
第12話
「じゃあ、1階部分の手伝いで、
ほかに何かすることは?」
もらった和菓子を食べ終わった休憩後、
ナヲズミが父に訊ねた。そして父が、こう答えた。
「いいや、あとは特には、大丈夫だよ。
ナヲズミも一緒に手伝ってくれたことで、だいぶ
はかどったことだし。
今日はもう、このくらいでいいから、あとはナヲズミも、
自分の部屋でゆっくり過ごしておきなさい。」
「分かった、じゃあ、そうするよ。」
パタン……
父からそう言われて、
2階の部屋へと上がった。
これまでは、ヒロキが仕事が休みの日などに
父の手伝いで家の物の片付けをしていたが、
そこにナヲズミも加わって、人数も増えたことで、
だいぶ2人も助かったようだ。
(とくに、昔のアルバム写真の整理なんかは、
ナヲズミが仕切ってテキパキと分けてくれたおかげで、
よくはかどっていた。
父はカーテンの布とか、大きなものの仕分けや片付けには
得意だったが、小さな、――とくに家族の思い出が詰まったような、
こまごまとした物の整理には、
どれも愛着が出てきてしまって なかなか進みづらかったようだった。)
部屋の中も、――父と弟の2人が
つかっている部屋の場所も足りていることで―、
ナヲズミの部屋も、ほとんど配置や物を入れ替えたり、かわりに部屋を使うこともなく、
そのままの状態にして残していた。
(家に帰省してきたときに過ごしやすいようにと、
あまり変えずにしていたのだ。――毎日の窓の開け閉めのほか、
たまに父や弟が、部屋に掃除機をかけるくらいの使い方だ。)
……そうして、ナヲズミは、
自分の部屋の机の引き出しから、
今回 帰省して見つけたアルバムを、ふたたびめくった。
(どれも……懐かしいな。
……まだ、母さんがいた時の、ヒロキが5歳くらいの頃の写真だ。)
冬に、雪が降って、はしゃいでいる防寒着姿のヒロキと、
横で笑顔で映っている母と、それからちょっと照れくさそうな、
ぎこちない表情で映っている、ナヲズミの姿。
……ヒロキは 屈託のない笑顔で映っている写真が多かったが、
それとは対照的に、ナヲズミは写真では、
つい表情も硬くなりやすく、なかなか笑顔のものが少なかった。
その中でも、自分自身の中で
自然な表情をした笑顔の写真を、2つ見つけた。
1つは、母が退院した時に、家族みんなで
お花見に行った時の写真。
それからもう1つが、ナヲズミが
外国に旅立つ前に撮った、父と弟の自分の3人で
映った写真だ。
ナヲズミは、いまの都内で住んでいる生活を思い起こした。
(…そういえば、実家から、あまり写真も持っていかなかったな……。
……これを機会に、何枚か、持っていってもいいかもしれないな―――。)
仰向けになったナヲズミは、
しばらくの間、目を閉じて、休息時間をとった―――…。
*******
……あの、最後の1名の発表のあと……、
自分は、仲間には、誰も言わなかったが、
本心ではこう思っていた……。
早く、ここを去りたいと。
早く、この場を去ってしまいたいと。
『自分よりも、能力が劣っている』と思っていた人物に―――。
自分が心底 望んでいたものを
とられてしまって…。
自分は、心の中に、醜いほどの……はげしい嫉妬の感情を、
人生で初めてとも言えるくらいに、
強く抱えてしまうことになったのだ―――。
*****
運命の、あの日から数日後。
それぞれが、この先どうするかの身の振り方を考えていった。
ナヲズミは、自分の仲間たちにこう伝えた。
『自分は、サポートスタッフには加わらない』と。
そう伝えたとき、仲間の一同は驚いていた。
『Hey,ハクライ。――本当にかい?
きみは訓練時にも真面目に取り組んでいたし、成績もよかったから、
てっきりサポートスタッフ側に回るものだと思っていたよ。』
『あぁ、そうさ。
――オレも、自分が最後の10名の、宇宙飛行士には
選ばれなかったけれども、
……それでもまた、――この先もハクライ達と一緒に
サポートスタッフとして
やれたらいいなって思っていた所なんだ。
……それを、君はしないっていうのかい??』
そう訊かれて、ナヲズミは、淡々と答えた。
「――ここまで、自分の望むことをやって来れたから、
この場で日本に戻ろうと思う。
…だから、そう言ってもらえる中で悪いけれども、
自分はここで、この場を離れるよ。
――父や、弟とか、自分の家族が日本で待っているから……。
…候補生として、過ごしている間、ずっと会っていなかったから。
……この先も、ここに残る選択をしたら、ずっと会う機会が
とれなくなりそうだろう?」
そう聞かされたことで、仲間の1人が観念したかのように、
こう言った。
『くあぁ!『家族』なんて言われたら、
…もう引き止めることも出来ないじゃないか!
―――分かったよ……。ハクライの気持ちは、よく分かった。
…いままで、お前とも
一緒に過ごしていけて、楽しかったよ。
出会えてよかった。
――ここを出たら、この先お前も
別々の日常生活になるんだろうけども、……応援しているよ。
……元気でな。――ありがとう。』
『あぁ…、こちらこそ。』
ナヲズミと挨拶をかわして、『ここを離れる』という決心を、
仲間たちは1人1人、応援した――。
実際、残りの選ばれなかった90名の候補生たちの、
そのあとの選択はというと、約6割ほどが何かしらの宇宙関係で
かかわっていく――たずさわっていくことを選んで。
――また、残りの4割ほどが、自分の故郷や国に戻っていくことを
選んでいった。
(自分の国に帰ることを選んだ候補生たちは、
先ほどのナヲズミが言ったように、自分の家族であったり、
ふるさとの故郷に関することにたずさわりたいといった理由であった。)
…だから、ナヲズミがそう言っても、
その理由をそれ以上 追及されることも、疑われることも
なかった……。
(自分は……『家族』を、表向きの理由として……、
ここを離れようとしている……。)
ナヲズミの心に、自分1人だけが知る、
ちいさな罪悪感が、感じられた――…。
ここに残ることを選んだ候補者たちは、
『自分がパイロットとして選ばれなかったから――その心残りで、
サポートスタッフとして残ることを選んでいる』と……、
『自分はなんて未練がましいんだろう』と、
笑いながら、困ったように、まだ諦めがついていないことを
仲間たちと一緒に話している……。
(でも……、自分からすれば――――とんでもない。
彼らのほうが、とっくにふっきれて、心だって強いのだろう。
……自分が選ばれなくても、それでも、まだ間近で
たずさわっていけるという証だ。
……間近で、選ばれた者たちの様子を見ていても、
自分は傷つかずにいられるという、その証明だ。)
あとの90名の候補生たちにとって、
『残ること』を選んだ人々のほうが―――『去ること』を選んだ人々の目線からは、強く、たくましく見えていた。
…けれども、『去ること』を選んだ人々のほうが―――『残ること』を
選んだ人々の目線で見ると、強く、たくましくも見えるのだろう。
残ることを選んだ者にとっては、ここに居続けることが、
この先も前向きになれる方法や手段なのだろう。
それと同じように―――、去ることを選んだ者にとっては、
ここを離れることが、この先の自分を守る、方法や手段なのだった。
候補生の100名の、その後の――、1人1人の道が、
別々に、それぞれに分かれていく節目が来ていた…。
****
それからナヲズミは、――ナヲズミも含めた候補生たちは、
ここで100名の宇宙飛行士のパイロット候補生であったことを証明する
ピンバッジと、
それに諸々の関連の品を、記念にもらうこととなった。
(そうして、故郷や国に帰る人々には、この先
『これまで訓練や学習してきた内容で、公に出しても構わないこと』と
『そうでない、守秘義務のもの』の内容がしっかりと示された書類も
1人ずつ渡された。
…ナヲズミも、帰国してそれを確認することにした。)
もともと自分はお喋りなほうではないし、ましてや、
『自分がパイロットの候補生の、100名のうちの1人だった』なんて、
マスコミに話す気も、さらさらなかった。
…そんなことをすれば、
『最後に選ばれなかったときの気持ちは、どんなでしたか?』などと
質問されるのがオチだ。――だから、彼にとっては、
ここに居て候補生として過ごしたことは、
自分と、それからごくごく少数の人だけが知っていれば、
それでいいと思っていた。
****
『じゃあ、“元”候補生の諸君、――元気でな。
ここに残るものは、これから先も、
サポートスタッフとして、頑張っていこう。
そして、自分の国に帰っていくみんなは、
…この先も、自分のことを、誇りに思い続けてほしい。
…そして、“宇宙飛行士の10名”に選ばれた者は―――、
ここからが、正念場だと思ってほしい。……これから、本格的に、
内容を詰めていくからな。』
―――はい、と、気合の入った返事が、
パイロットとして選ばれた10名の者達から返された。
いよいよ、…この場所とも、お別れだった。
……あの日、ナヲズミが『自分よりも劣っている』と
無意識に感じていた彼は――
いまはもう、すっかりと大人びた表情で、きりっとした顔立ちに、
生まれ変わっていた。
(きっと……選ばれたその後も、また見えない所で
努力を重ねていったのだろうな―――……。)
今となっては、“選ばれなかった自分” のほうが、
彼よりも、劣ってしまった人間だ―――。
この場に、残りつづける選択さえも、出来なかった。
……同じように、自分の国や故郷に帰る選択をした候補生のことを、
彼らも同様に劣っているなどとは思わない――。
国が違えば、また文化や、生活環境だって異なるからだ。
彼らには、彼らの人生が、またあるのだろう――。
そして、ナヲズミは思った。
(ここを離れていくことを選んだ候補生たちが……、
この先……、少しでも、自分の日常生活が、明るいものになればと……
いまはそう思う…。)
まだ、自分のことも、この先
どのように進んでいくのか、明白ではなかったけれども…。
――それでも、ナヲズミは、そのように感じたのだった。
あのときの、最終選抜の10名の発表のときの――
最後の1名が選ばれた瞬間のときのような……、
激しい感情と、…壮絶な嫉妬や
羨望の気持ちは、いまのナヲズミにはなかった。
しかし、『あの時、あの瞬間』に、自分が
そのような感情を抱えてしまったことは―――
いまでもつよく、彼の感覚と、記憶にしみついていた……。
あんなにも、自分が想像しないほどの感情を、
あの瞬間に持つことになるとは……。
その、自分の影の部分の感情面から逃れたくて、
その原因となるこの場から、早く離れたくて。
――ただ、ここを去ることだけを選んだ……。
……また、あの感情がふたたび甦って、さいなまれたりしないように。
――ナヲズミは、自分の心の内に、そっと自分の感情面すらも
気付くことのないように、幾重にも それらに蓋をした……。
(つづく)
*********************
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?