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アーネスト番外編スピンオフ/ナヲズミ編(16)

これまでのあらすじは
こちらからどうぞ👋


(前回までのあらすじ)

夏の時期。
伯来ナヲズミは、自分の実家のある北海道に
帰省をしていた。

自分が生まれ育った、30年以上経った
実家を改築することになり、
そこで都内の仕事先で休暇をとって、
父と弟の住む北海道の地に数年ぶりに戻ってきたのだ。


自分の部屋にあるものを片付けていったり、
父や弟と過ごす中で、ナヲズミは、これまでの自分のことを
振り返っていく。


かつて、母がいた頃の、
家族4人で過ごしていたときの思い出。


母が病気で他界してしまったときのこと。


それから父と弟と自分の3人で
手伝い合って、協力しながら過ごしてきた
10代のときのこと。

高校生のころ、家の庭先で、
1人で夜の空を ただ無心のまま
眺めていた時のこと。


そうして、大学時代に、
これだと思う自分の夢や憧れを見つけては、
運よくその道へと進んでいって、

そこで同じ目標を持つ者たちが集まる
国際機関の場所で学び、日々励んでいた時のこと。


それから、その場をはなれて、
叶わなかった事柄に、
離別を決めた時のこと……。



それらのことを思い出しては、ナヲズミは、
久し振りに会った父と弟と
家族の時間を過ごしていくことで、


すこしずつ、自身の過去をあらためて
振り返ったり、心の中の内面を取り戻していく。

そうして、都内の自分の過ごす場所へと
戻る日がやってきた――。


***************

第16話(最終話)


地元の北海道から、東京都内に帰る日の朝。


荷物をまとめていたナヲズミは、弟のヒロキに声をかけた。


「じゃあ、ヒロキも、どうもありがとう。

これから家の改装も、本格的に始まったら
何かと忙しくなるだろうけれども、父さんのことを、よろしくな。」


「うん、兄ちゃんこそ、体に気をつけて元気でね。」

父のコダマは朝の時間、所用でしばらく外に出かけていた。
ナヲズミがお昼ごろに、空港に出発するまでには
帰って来れると伝えていた。


それまでしばらくの間、兄弟2人の時間だった。

ナヲズミが、ヒロキに聞いた。


「この家の改装が始まった後の、
仮住まいの場所はもう決まってるのか?」


「うん、もちろん。
ちょうどここから車で25分位のところで、
アパートの部屋でいい空きがあってね。

自分の仕事場からも近いし、そこに決めることになった。」


「そうか、それならよかったな。
仕事場って、あの一軒家のレストランのことか。」


ヒロキが頷いて、そして、打ち明けるかどうか
少し考えるそぶりをしたのちに、ナヲズミに向かって
話し出した。


「あのさ、兄ちゃん。

…おれ、この実家のリフォームが終わったら、
新しくできた家には、お父さんに1人で広々と使ってもらって、
自分はここの場所を出ようと思っているんだ。」


「へぇ、そうなのか。――それ、父さんには?」


「ううん。まだ言ってない。
おれも、まだ家を出るのは
すぐじゃなくてもいいと思っているし、

なによりここの家の改装がお父さん1人じゃ大変だし、
おれも見届けたいと思っているからね。」


「うん。そうか。」

ナヲズミが頷いて、ヒロキはさらに、
決心したように話しだした。


「…でね。それで……、
この家が、新しく改装し終わった後には。

…おれ、結婚をして、近くに
自分の家を持とうと考えているんだ――…。」


少しだけ驚いたような表情をしたナヲズミが、
ヒロキのほうを見て言った。

「それって……、父さんには話は……?」


「ううんっ、もちろんまだ、言ってないよっ。
自分がこの実家を出ることすらも伝えてないんだからねっ。」


かぶりを振って、ヒロキが答えた。


「兄ちゃんが、この話をする最初だよ。
……いま働いている一軒家のレストランのマスターの夫婦がね。
そろそろ自分たちも、この5~6年後くらいには、引退しようかって
考えているそうなんだ。


年齢も、だんだんと上がってきているからね。

……で、それで、そのあとをそこで働いている
おれに引き継いでほしいって
話が出ているんだ。――ありがたい話でしょ?」


あぁ、そうだな……。

ナヲズミの顔を見た後に、ヒロキは話をつづけた。


「それで……、自分1人だけでは、マスターとして
お店の経営をやっていくのも自信がないから、
いま付き合っている彼女に、そのことを相談してみたんだ。

…あ、彼女は、その同じお店のメンバーではないけれども、
でも実家が農家で、農業や生産関係とか、
多少は経営関係の知識も学校で学んだって言っていてね。


まえにそのレストランにも連れてきたことがあるから、
お店のマスター夫婦もその彼女とは会ったことがあるよ。」


「そうなのか。……で、彼女は?」


「うん。話を出したら、…
一緒に、やってみたいって言ってくれたんだ。
ここのお店は、いい野菜を使っているから、こじんまりとした規模でも、
レストランがなくなるのはもったいないって。」


ひと呼吸おいて、ヒロキは、こう話した。


「おれね、兄ちゃんのこと、本当にすごいと思っているよ。
周りはあんまり知らないけれども、
宇宙飛行士の、パイロットの選抜試験の候補生になったことがあって。


それから、そのあとにも、
先進気鋭の都内の会社に入っていくだなんて。


……おれには、とてもマネできないよ。ははははっ。」


…ナヲズミは、しずかに
ヒロキの話を聞いていた…。


「…おれは、県外に出ることもなく、このまま
ずっと北海道の地元でい続けると思う。――でも、それでいいんだ。

そのほうが、自分には合っているし、それに県外には、
兄ちゃんが出てたくさん活躍してくれてるからね。」

最新ものの機械関係やデジタル商品には
父もヒロキもあまり詳しくはなかったが、それでも
エニィ・ウォーキング社がどんな製品を作ったかくらいは、
ヒロキも知っていたのだろう。


それを、自分の家族が携わっているということも、
きっと誇りに思っているような目をしていた。


「これは…、おれの数年後の希望なんだけども、
……理想の生活としては、自分が今いるレストランを引き継いでて。
そこに彼女も一緒にいて。

――その彼女とは、結婚をしていて、ここの実家とは別に、
一軒家で家を持っていて。

……そして、たまに2人で、お父さんのいる実家に行ったりする。
…あっ、そこにもしも、兄ちゃんも時々帰ってきてくれてたら嬉しいけど、
そこはどうかな。はははっ。


……で、そのつづきだけども、自分はほかの県には出ないかわりに、
北海道の中で、めいっぱい過ごしてみたいんだ。


目標は、道内の農家の生産者さんのところを、
いくつも回ってみるっていう夢!

道内っていっても、すご~く広いからねっ!


まだまだ行ったことのない地域や町だって、
たくさんあると思う。……そこに自分から足を運んで、
農家の生産者の人達のところを、訪ねてみたいって思っているんだ。


……これが、おれの夢。


全部をちゃんと話すのは、これが初めてかも。
ははは。誰かに口に出すと、ちょっとだけ恥ずかしいな。」


照れ隠しで笑った弟に、ナヲズミが答えた。


「いいや、いいんじゃないかな。…ヒロキらしくて。
……自分も、それがうまくいくように、応援しているよ。


……でも、父さんや、他の人には、まだ内緒にしておくから。
いずれタイミングがあったときに、ヒロキから話せばいいさ。」


「うん……、ありがとう。」

…ナヲズミからすれば、弟のヒロキのほうが、
地元で根強く過ごしていることが自分にはかなわないことでもあり、
兄の自分よりもしっかりしていて、えらい、すごいと感じた――。


「じゃあ、まずは…この実家の改築と。
それから、ヒロキのレストランの引継ぎと。

無事に結婚が進んで決まることを、遠くから願っているから。」


「ありがとう。……うん、そうだね。

おれも料理を作ることは一人前だけども、
お店の経営関係とかはそんなに詳しくないから、
彼女がいいって言ってくれて、ほんとうに助かってるよ。


…レストランも、この先おれが引き継いだら、
兄ちゃんとお父さんのことを招待するからね―――。」



そうして、玄関の音がしたかと思ったら、
父のコダマの声が響いた。


「ただいま―――。おーい、ナヲズミ。ヒロキ。いるかーい?

…ん?どうしたんだ?2人とも。
なんだか楽しそうな表情をして。」

「ううんっ、なんでもないっ!
ここだけの話っ!」


「えー、気になるなあ。」



やがて、ナヲズミは空港へと向かい、
また都内の場所へと戻っていった――。


…弟のヒロキもまた、新しい自分の一歩を踏み出そうと、
この先のことを考えていた……。



それがナヲズミ自身にとっての、
励みにもなっているようだった――。


*****



それから翌日。


午後からの時間に、ナヲズミは会社へと出社した。

(本当は、あと1日分までが休暇であり、
今日は家で明日の仕事の準備をしようと思っていたのだが、
社内の様子が気になって、少し顔を出すことにしたのだった。)


エニィ・ウォーキング社に、社長の秘書として入って。


待望の自社製品、Nsウォッチが登場したが、
この夏の一件で、その製品も改良し直すこととなった…。


けれども、あの日訪れた男性が言っていた通り、
Nsウォッチが持っていた特徴がマスコミに伝わることもなく、

会社側からの「製品を改良するために、自主回収をする」という、
それだけの話題が世間には伝わっていた。


「あれっ、どうしたんですかっ。伯来さんっ。
…確か、出勤は明日からのご予定のはずじゃあ……。」


「ああ、社内の様子が気になったから、
ちょっと時間を作って、今日寄ることにしたんです。

…社長や、商品開発部のほうは?」


「ええ、社長でしたら、
いまちょっと出先に出ておりますよ。

――もうしばらくしたら、戻って来られると思います。」


「そうですか。分かりました。
…では、社内の各部の様子を、ひとまわりして見てきます。」


「はい、どうもお疲れ様です。」


***


エニィ・ウォーキング社の会社では、
なんとか改良版のもののめども立ったようだった。


そうして、社員のみんなの邪魔にならないように、
廊下からドアのガラスの窓ごしに見た
ホワイトボードの文字に、目が留まった。


≪新しい機能/これまでと変更になった部分≫


「なりたい自分になれる」から、

「自分自身に寄り添ってくれる」ものへと。



「自分に……寄り添ってくれるもの……。」

ナヲズミが、小声でつぶやいた。


――と、その時、廊下から部署に戻ってきた社員の1人が、
ナヲズミのことに気付いて声をかけた。


「わぁ!伯来さんでしたか!……社長じゃなくてよかったぁ……。
…てっきり、また社長が近況を聞きに来たのかと……。」


「あ…、いえ…。
――自分もまだ来たばかりで、社長は
いま外の出先にいるそうです。」



「あぁ、そうでしたか……。
じゃ、私はこのまま、みんなと仕事を続けますので。」


ドアを開けて、室内に入ろうとした社員を、
ナヲズミが呼びとめる。

「あ!あの、……もしよければ、いま現在の、
改良版の、詳細を頂けますか?」


……呼びとめられて、その社員がはっとした。



「……あ!……まさか、もしかして、社長に渡した
手元の紙を、なくしちゃったとか……。」


「あ、いいえ。
…これは、自分用の分です。

……しばらく、社内を離れて、有休で不在にしていましたから。
改良版の内容を詳しく存じてない分、把握してようと思ったまでです。」


「あ…なんだ……。そうですかぁ……。
…では、伯来さんの分で、一部 詳細の企画書をお持ちしますね。

ちょっとお待ちください。」


そうして、ナヲズミにも手元にその紙が渡された。



それを会社の中庭に移動したあと、
その詳細に、じっくりと目を通していった―――。



≪Nsウォッチ/改良版 コンセプト≫


・つぎも目標設定は変わらず付けること

・ただ単に、なりたい自分自身を目指すものじゃなく、
改良版の機能では、

「どうして自分自身は、そうなりたいと思ったのか」
そう思った動機や感情や、いま現在の、その人自身が
置かれている環境や様子などを

くみ取っていく機能を付け加えていく


ひととおりを読み終えた後で、ナヲズミが顔を上げた。

Nsウォッチの腕時計の中に内蔵される核の部分も、
あの黒い石の動力ではなくなっている。


…この改良版の詳細を考え抜いて、形にしていくのに、
社員たちは、みんなで一丸となって、
乗り越えていったのだろう―――…。



ナヲズミは、自分がいない間の社員たちの努力を想像しては、
頭が下がるような思いだった。

……と、同時に、彼の中でこのことが思い起こされた――…。


「…きっと……、あの時。
……あのあと宇宙飛行士のパイロットに選ばれた者たちの10名は、
こんなふうに、みんなで乗り越えていったんだろうな……。


…みんなで、一丸となって……。

…みんなで、努力をして、協力をして、
そして、ときには意見を出し合いながら、仲間たちを、
支え合って――…。」


…彼らは、宇宙飛行士に選ばれた10名のメンバーたちは、
実際のフライトがやってくるまでの間、

選ばれなかった残りの90名の候補生のことを、
一回でも羨ましいと思ったことはあるのだろうか……。


こんなにも、大変ならば、
自分も選ばれずに、脇役として過ごしてみたかったと。

サポート役として、過ごしてもみたかったと。


あるいは、自分の故郷の地へと帰って、
家族や地元のために、過ごしてみたかったと。


……その答えは、ナヲズミには、知ることはない。


彼らには、彼らがマスコミに語るインタビューなどの言葉だけが、
もはや知るすべだった。


…けれども、それでもいいのだと、ナヲズミは思った。


あの時、宇宙飛行士に選ばれたパイロットの10名たちの
その後は、何名かはそのまま宇宙飛行士のパイロットとして
籍を入れたままで、
後輩の人達の指導をしていたり。


また何名かは、現役をそこで離れて、
それから先は自分の出身国の貢献のために
活動をするNPOだったか、それらを立ち上げて奮闘していたりという
具合だった。


――その彼らもまた、自分の日々の生活に、
意味のある時間となるようにと……

ナヲズミは…このとき初めて、選ばれた10名の者たちの
今後の人生を、
あたたかく、おもんばかってあげられるような気がした―――……。


「自分は……、ここに来れて……よかったよ……。…母さん……。」

ナヲズミの表情が、柔らかく、長い積雪が解けていったかのような、
そんな穏やかな表情をしていた――…。


*******


それから9月。
季節は、夏から秋を迎えた。


「ナヲズミ君。
――ちょっとこれを、商品開発部に
この事務封筒を届けてきてくれるかい?

自分はちょっと忙しいから、かわりに
その資料を届けてきてほしいんだ。

メールの送信よりも、紙のその資料のほうがいいと思うからっ。
じゃっ、頼んだよっ。」


「はい、承知しました、社長。」

夏の時期をおえて、社内はてんやわんやの様子だった。


新しく改良されたNsウォッチも、前回に匹敵するほどの
注目度をありがたいことにもらえて、それに応えるために
どの部署も動き回っていたからだった。


コンコン


「失礼します。社長からの預かりものの資料を
 持ってまいりました」


「あっ、部長!
――社長からの資料が入った封筒、届きましたよ――っ!

秘書の伯来さんが持って来られましたっ!」


「ああ、どうもありがとう。助かりました。」


封筒を若手社員が受け取ったところで、
ほかにもナヲズミの近くにやってきた20代の社員が、
こんなことをぼやいた。


「あ~~、もう。
うちの部署にも、秘書の伯来さんが、
ずっといてくれたらいいのに~~っ!
社長だけ、こんな有能な人を独占するなんてずるい~。」


一瞬、ナヲズミはどきりとした。

自分が元 宇宙飛行士のパイロットの候補生だったことを、
知られたのかと思った。


けれども、そうではないようだった。

それを、もう1人の社員の言葉で分かった。


「伯来さん、くわしい学歴はお聞きしたことはありませんが、
なんだかスゴい高学歴なんだって、社長から聞いたことがありますよ~。


…でも社長も、くわしいことは教えてくれなかったですけど。
『知りたかったら、自分で聞いてみてね♪』ってそれだけで。」


「そうそう。……でも、そんな、社長から
教えてもらえない伯来さんのこれまでの経歴なんかよりも、

――いまの伯来さんの、秘書としての動きを
見ているだけで、すぐに分かりますよ。

『この人は、とても頼りになって、信頼できる人だ』って。


あぁ~~、このいそがしい時期に、
うちの部署に、3人くらい居てほしい気分ですよ。あはは。」


そんな社員たちの冗談に、気持ちがすこし動かされたのか、
ナヲズミは、思わずこう答えた。


「…ふふ。……仮に いくら経歴がすごいものであっても、
……流石に自分の人数を増やすことなんて出来ませんよ。


……では、資料も渡したので、これで失礼します。
何かあれば、また社長室あてに連絡してください。」


パタン…

退室したナヲズミの様子を見て、
室内に残った社員たちが、目を丸くしながら言った。


「……なぁ。いま、秘書の伯来さん、ちょっと笑ってたか?」


「うんうん。……何か、いつもと感じが違ったっていうか、
普段はもっと冷静でクールで、そんな印象なんだけど、
なんだか和やかな感じがした……。」


その言葉につづいて、女性社員もこう付け加えた。

「わぁぁ……。秘書の伯来さんが笑うところ、初めて見たかも……!
……伯来さんて、彼女とかいるのかなぁ……。」


「えぇ?!やめとけって~。」

「え~、どうしてですか~~。」


「だって、秘書だと社長の業務の手伝いと、そこに
恋愛面で女性に時間を使うことって
天秤をかけたら、社長のほうにどうあっても優先的になるだろ~~。

だから無理無理。
羽岡ちゃんなんか相手にされないって。」


「え~っ。でも~~っ」

「ホラホラ、みんな仕事に戻った戻った。」


「は~い。」


「…でも、ほんと。
……秘書の伯来さん、なにかいいことでもあったのかな――。」



***


ナヲズミは、この先も、この会社の社員の1人として、
過ごし続けていくことを選んだ。


そして、今――彼はこう思っていた。


これから数年後に、実家の改築も終わって、
そして弟が結婚したら、
またお祝いをしてあげよう。


弟の新居にも足を運んで、そのスタートを、一緒に喜んであげよう。


(…自分自身のことじゃなく、だれかのことを、
同じように喜んであげたり、祝ってあげたりすることは、
こんな気持ちになれるんだな……。)


寄り添う、という気持ちを―――、

彼は、このとき本当の意味で、想像することができたのだろう。


決して、完璧じゃなくてもいい。


優秀なことだけを、競いすぎなくたっていい。



――秋の始まり。


ナヲズミは、改良版の自社製品へと思いをはせながら、
夏から季節の変わり目を、受け取っていた――。


                (ナヲズミ編/END)

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