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アーネスト番外編スピンオフ/ナヲズミ編(15)


これまでのあらすじは
こちらからどうぞ👋


前回のあらすじ


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第15話


朝の時間。

ナヲズミは、朝食の前。
庭に出ていて、軽くストレッチをしていた。


すると、そこへ弟のヒロキが声をかけてきた。


「おはよう、兄ちゃん。もう起きてたんだね。」

「ああ、おはようヒロキ。――うん、ここの北海道の場所は、
やっぱり朝の空気も澄んでいるからな。自然と目が覚めるんだ。」


「へへへ、そうだね。」


ナヲズミに向けて笑いかけて。
そうしてまた、ひと呼吸おいてたずねた。


「どう?兄ちゃん。久しぶりの地元に帰ってきて。
東京と違って、のんびりできてる?……って言っても、家の物の片付けを
手伝ってるから、あんまり
のんびりって感じでもないかもしんないけどさ……。ははは。」


「いいや。ちゃんとゆっくりできているよ。

……でも、昔の物とかを見返していくと、
やっぱり、懐かしさはあっていいな。……実家に帰ってきた気分だ。」

「そっか。それならいいや。
――じゃ、しばらくしたら、朝ごはんの用意をするねっ。」


「ああ、ありがとう。」

弟のヒロキと入れ違いで、父のコダマも、
外の庭へと出てきたようだった。


「おぉ、ナヲズミ。もう起きてたのか。」


「うん、おはよう。父さん。」


「……ナヲズミ。今日、すこし時間取れそうかな?
…家の物の片付けばかりでも、退屈だし飽きてくるだろう?

…もしもお前がよければ、今日はお昼から、
ちょっと外に出かけてみないかな?

車は自分が運転をするから。」


「あぁ…。分かった。いいよ。」


そう返事をして、ナヲズミは、
父と午後から出かける予定にした。


***



父に言われて、午後からやってきたのは
近隣のハイキングコースに使われる山だった。


「お父さんなぁ。…最近、観光客の人たち向けとかで、
山歩きのガイドのボランティアも始めたんだよ。


……これまで、木を使った彫刻の、木工製品の工芸品や民芸品なんかで
恩恵を受けてきたから、……これからは、その自然の山に、恩返しを
したくなって。

天気がいい日とか、休日のレジャー向けの時期に、
初心者から中級者向けのルートを案内しているんだ。


…今日は、ナヲズミに つきっきりで案内できるな。ははは。」


ゆっくりと、しかし、しっかりとした足取りで、
父は草の地面や砂利道の足もとをすすんでいく。


ゆっくりとした歩幅なのは、
父の年齢からのものではなく、
歩き慣れていないかもしれないナヲズミのために
あえてそうしているのだろう。

ナヲズミも、その歩幅に合わせながら、
ときおり周りの景色を見渡しながら
すすんでいった。


「どうだ?……ナヲズミ。
……お前の、最近の様子は。」


「ああ。悪くない、と、思う……。」


唐突に前を歩く父から訊ねられて、
その質問に、ありきたりな答え方をした。


ふいに訊かれて、そんな答え方しか、
すぐには浮かばなかったからだ。


……その返事を聞いて、父は、後ろを振り返らずに前を見たまま、
話をつづけた。


「……ナヲズミ。…いままで、1人で頑張ってきたことも
多かったんじゃないか?


お前が外国で、パイロットの候補者合宿を過ごしていたときも、
お父さんとヒロキは、お前に会いに来れないまま、
ずっとここで過ごし続けていた。


それから、その候補者の最後の選抜まで終わって、
家に帰ってきてくれた後に、また、都内で
1人で過ごしていたときも。


父さん達は、変わらずに、この場所で過ごしていく
ことしかできなかった。


……お前は、つぎつぎと…、自分の道をえらんでは、決めて、
すすんでいくのにな。


ナヲズミやヒロキにおいていかれないように、
過ごしていく日々だよ。」


「父さん……。」

そう呟いては、その心境を想像した…。



そんな……、そんなことは、ないんだ。


自分は、パイロットとしては、選ばれなくて。


その迷いや……、胸の中を、払拭したくて。


どうにか、あがいて、動いていくうちに、運よく
いまの形になっていったというだけだった。


最初から、そんなに次々と、
器用に自分の道を選び進めていたわけじゃない。


自分も、父さんと同じなんだ―――。


「母さんが…、亡くなったとき、

お父さんは、お前たち2人がいてくれたから、
頑張ることができたんだよ。


……お前たち2人の存在が、支えだった。」


「……うん…。」


足元の、砂利道の石に気をつけながら、
ナヲズミは頷いて言った。



「ヒロキも、きっとナヲズミの存在があったから、
大人になった今でも、こんなふうに頑張れているんだと思うんだ。

“自分の兄ちゃんは、すごいんだぞ” って。


……でも、ナヲズミが、自分がパイロットの候補生だったことを
あんまり言いたがらないから、ヒロキも人には言わないだけで、

ほんとうは、――ヒロキの性格からすれば、
とても自慢したいことなんだろうな。ははは。」


「あぁ……。あり得るな。ははは……。」



父は変わらず、ナヲズミからは後ろ姿のままであったが、
その口元は、ことばの通り微笑んでいるのが容易に想像できた。

「……なぁ、ナヲズミ。
……母さんが、今のお前たち2人を見たら、
…きっと、すごく誇らしいと思うんだ。


……それはもう、自分の教え子たちに、たくさん自慢して、
みんなの前でお前たちのことを褒めたいくらいに、だ。」


「はは。そんなとこは確かに、ヒロキと似てるかもな……。」


「ああ、そうだな。
ヒロキはお母さん似だからな……。

…きっと、お母さんも……フユミさんも、そうしていたと思う。」



母の下の名前を、久しぶりに聞いた……と
ナヲズミは思った。


山の風が、先ほどよりも、
少し、涼しくなった。


「父さんは、こう思うんだ。
……ナヲズミの考えは、お父さんには、全部は分からないけれども、
……全部を知っては、いないけれども。


……でも、お前がパイロットとして選ばれていなかったことは、
なにも、――これっぽっちも、気にしては、いないと思うと。


母さんだったら、
お前が自分ですすんでいった道の全部を、
きっと、肯定して、褒めて、
一緒に笑ってくれたと思うんだ―――。」


……ナヲズミは、返答をしないまま、眉間のあたりの汗を
ぬぐう動作をした。


「……もしも、お父さんだったら、自分のすべてをかけて
飛びこんでいった場所で、……自分のことが選ばれなかったら、
それは、……想像もできないくらいに、つらいと思う。


ナヲズミが、それに直面してどうだったかなんてことは、
…お父さんは、聞いたりはしないよ。


……それは、ナヲズミだけの、感情だからね。


……もちろん、思ったほどには、ショックじゃなかったかもしれないし、
案外あっさりと吹っ切れるものなのかもしれない。


……そこは、お父さんには体験してないから、分かるものでは、
ないな。ははは……。」


いちど、足元の石を見て、それから、
また前方を向き直した。


「ナヲズミ。――今回、帰省して来てくれて、ありがとうな。
……久しぶりに、ナヲズミに会えて、お父さんもうれしいよ。


…もちろん、ヒロキもそうだろう。


……家の片付けとかで、手伝いで働かせてしまったけれども、

むこうに帰るまでのあと数日の時間は、
ここの北海道の地元で、ゆっくりとした時間を、
過ごしてほしいかな。


――ほら、仕事のほうも、いま忙しい時期に呼んでしまったから。」


あの……腕時計の製品だっけ?

せっかく世に出回って広まっていったのに、不具合が見つかって
回収することになるなんて、勿体ないものだなぁ。


……でも、ナヲズミがいま居る会社も、立派な会社だから、
きっとなんとかするのだろうな。


…社長さんにも、ありがとうございますと
よろしく伝えておいてくれな……。


その忙しいだろう時期に、こんなにまとまって、
休みをくれて実家への帰省を認めてくれたのだから。


…たしか、ナヲズミよりも、1歳か、2歳くらい
年下の社長さんなんだろう?

すごいなぁ。――世の中には、すごい人がたくさんいるものだ。


……まあ、それを言ったら、
ナヲズミだって、
十分負けてはいないだろうけどな。ははは……。


――話をしながらだったからか、2人の足取りや呼吸も、
そこまで重くならずに、ラクに進めていたようだった。


「ほら――…。ナヲズミ、そろそろ目的地の場所に到着だぞ。

……これで、案内コースのゴールだ。」



―――夏の北海道らしい、いい光景だった。


遮るものがない分、直射日光は少しばかり暑く感じたが、
それでもゴールにはいい場所だと思えた。


周りからの眺めも、よい場所だった。


「父さん……。ありがとう。
…父さんも、体も元気そうで、安心したよ。」


「まあな。……これまで、イスに座って木工製品を作る工程だったから、
…そろそろ年齢も上がってきたし、座り仕事だけでもよくないと
思ってな。」


…登山コースじゃなくて平地ならば、自分にもできるかもと思ったし、
……なにより自分の体力面も上げられそうだからなぁ。


おかげで今は、休日に外でボランティアの活動をしながら、
木彫りの製品づくりも次の世代の、若手の育成や指導にも
入っているよ。


――そうか。手彫りの、職人仕事も
根気がいるだろうからなぁ……。


…時間をかけて、根気よく、技術や完成度や、
作り手の腕をあげていくことも、大事だな……。


あぁ、そうさ。――こればかりは、一長一短にはいかない。
時間をかけて、こつこつと、丁寧にさ。


…それだけは、父さんの特技でもあろうからね。


たとえ地味でも、それだけは、負けないのさ。


――ああ、分かっているよ。

ナヲズミが、そう一言、頷いた。


(いま歩いてきた足取りを見て、それはよく判る。
……父さんは、たとえ地味であったとしても、こつこつと、時間をかけて、
確実にすすんでいくことだけは、他人に負けないことなのだから。)



――かつて、自分たちの何代も前の人物は、江戸時代の頃に、
河川で船の船頭をしていて、そこで外国からの輸入品――貿易品を
あつかって、商売の生計を立てていたそうだ。

…それが、名字のハクライの元にもなっている。


そうしてその後に、何かの理由で北海道の地に移ってきて、
そこから初めての土地で過ごしてきた祖先は、
どんなことを考えながら、この場所で時間を経過していったのだろう。


……何代も前のことは、自分にはよく判らないが、
けれども、……父のように、ゆっくりと、着実に、
根気よく過ごしていったに違いない。


「……じゃあ、そろそろ帰るか。
今日の夕飯は、ヒロキが準備してくれるそうだし。


ここから引き返して、それで車に乗って家まで帰れば、
家に着くころには、夕方のちょうどいい時間になっている頃だろう。

ナヲズミ。歩いても大丈夫か?」


「ああ。問題ないよ。
――このぐらいなら、都内でもよく歩き回ることもあるし、
そんなに音を上げる距離でもないさ。」


「ははは。それはよかった。
……じゃあ、行くか。」


そうやって、ナヲズミと父のコダマは、
また来た道を戻っていく。


北海道の土地に、戻ってきたという感触を、
ひとつひとつ自分のなかに染み込ませながら。


やがて、駐車場から車に乗って、
自分たちの家へと帰っていくのだった――…。


(つづく)
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