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チキン南蛮定食、ごはんは味おこわに変更

「連れて行きたいところがあるんだよね」

そう言ったのは、年上の友人。仕事で知り合ったところからなんだか意気投合し、機会をみつけては2人でカフェに行ったりランチをしたり。
仮にわたしが未婚で子どももいなかったら付き合っていたかもというタイプだけど、仮定が成り立っていないので私たちは友人。

そんな彼が、「昼に4時間ちょうだい」というので、子どもたちを実家に預けて家を出た。1月の三連休の初日。

「まずはご飯ねー」
行き先を告げられないまま、車は街を抜けてところどころに雪の残った山道を走る。

30分ほど走っただろうか。
「到着でーす」と言われたのは山間のご飯屋さん。古いガレージを改装し、親子で営んでいるそのご飯屋さんを、私は知っていた。
「わぁー、ここ大好きなところ!うれしい!」と喜ぶ私をみて、来たことあるの?と意外そうな彼。来たことあるよ。食べるものももう決めた。

2階の席に通される。テーブルも椅子も、一つ一つ違うからどれに座るか迷うけど、「ここにしよ」と端っこの小さな席に向かい合って座った。
メニューを開かずに私はいう。「チキン南蛮定食、ごはんを味おこわに変更で!」
即決だな〜と笑いながら彼はメニューを開き、せいろ定食を選んだ。鈴のついたクリップで注文用紙をはさみ、階下につながる穴に落とす。チリン、と一階に注文用紙が落ちた音がして、「ありがとうございまーす!」と店員さんの声が返ってきた。

ウキウキしながら待っていたら、思ったより早くチキン南蛮が運ばれてきた。すぐにせいろ定食も。
両手を合わせてごあいさつ。「いただきまーっす」

ベジファーストとか気にしてらんない。すぐにチキン南蛮に箸を伸ばす。唐揚げの上にタルタルソースをたっぷりのせたのを、口を大きく開けて頬張った。
「ん〜〜っ!」これこれ。柔らかくてジューシーな唐揚げに、酸味の効いたタルタルソースが絡み合ってお口の中が至福。一生懸命もぐもぐして、お次は味おこわ。おこわの優しい甘みが、チキン南蛮のこってりとした旨みをマイルドにまとめる。それからお味噌汁を一口。丁寧な出汁に口の中がすっきりとリセット。付け合わせのお漬物や卵焼き、全部美味しい。

そう、この味だ。
1年前のおなじ三連休の初日、わたしは同じこの席で、ひとりでこれを食べた。それは姉の指示だった。

夫の元から子どもたちを連れて逃げてきた翌日、姉は私にくどうれいんさんの「わたしを空腹にしない方がいい」を手渡し、このお店のランチを食べるように言い私を家から追い出した。「チキン南蛮定食、ご飯は味おこわに変更すべし」

私は1人で車を走らせ、言われた通りにここにきた。端っこの小さな席で本を読み、ご飯を食べた。おいしくておいしくて、大粒の涙が止まらなくて、ちょっとしょっぱくなってしまったかもしれないそれを、私はしっかり完食した。

世界には私の知らない美味しいものはたくさんある、そして私は、私の幸せを諦めない。
それを決めたのが、ちょうど一年前の同じ場所だったんだ。

「美味しそうに食べるねぇ」
決して少なくない量のそれをパクパクと食べ進める私をみて、感心したように彼がいう。「私ねぇ、食べるの大好きなんです」むんっと胸を張ってこたえる。ちっこいのになぁ、と笑いながら卵焼きを口に運んだ彼は、「うまっ」と目を丸くした。
そうそう、美味しいよねぇ、私はつられてへらりと笑う。


1年前、全てを捨てる道を選び、堪えきれない涙をこぼしていた私は、どこかでみているだろうか。
逞しく生き抜いている私を。

右足と左足を交互に出していたらここまできた。道すがらたくさんの人に出会って、彼のように本音で話せる友人にも出会った。この町に私の居場所があって、たくさんの人との関わりが私を形作る。それでいい。これからもそうやって、歩いていくだけでいい。

「あー美味しかったー、ごちそうさまでした」
両手をパチンと合わせてご挨拶。お腹いっぱい。次の目的地はどこだろう。

私はまた1月から、歩き進める。

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