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カルカッタの人混みでインド人のひざ痛を治す(小説『ザ・民間療法』016 インド編)

 

カルカッタの街並み

 オーロビルでは、1年間ボランティアをすればオロビリアンに認定されて、そのまま永住資格がもらえる。まわりの友人たちが、私も何かボランティアをやってオロビリアンになるように勧めてくれた。そのためには、何でもいいから特技はないのかと聞いてくる。

私が「少しだけなら治療らしいことができる。東京で腰痛を治したことがある」と話してみると、みんなから、その技をぜひとも披露してほしいとせがまれた。

そうはいっても私ができることといえば、背骨のズレを見つけることと、ズレている背骨を手で元の位置に戻せるだけである。「素人に毛が生えた程度」という表現があるが、私の技術など毛も生えていないレベルだろう。とても他人様の前で、改めてお見せするようなものではない気がする。

そういえばインドに来た当初、カルカッタで一度だけ治療したことがあった。私にオーロビル行きを勧めてくれた、あのインド人のジャナさんと歩いているとき、彼は急にひざが痛くなって、全く歩けなくなってしまったのだ。

ジャナさんは大柄ではなかったが、私が彼をかついで歩くこともできない。仕方がないので、そばにあった物売り台の上に彼を寝かせて、足を軽くマッサージしてあげた。

カルカッタという街はインドでも有数の大都市である。その分、人の数が異常に多い。渋谷のスクランブル交差点を、いくつも寄せ集めたみたいなところなのだ。そのごった返す人混みのド真ん中で、妙な東洋人がインド人相手に、何か治療らしいことをしているのである。

その物珍しさのせいで、私たちのまわりにはあっという間に押すな押すなの黒山の人だかりができた。これには私も驚いた。あまりの人の多さに、地元民のジャナさんはもっと驚いていた。そして恐ろしくなったのか、ひざの痛いのも忘れて逃げ出したのだ。

とにかくあのときは、それで彼のひざは治ったようだった。だが今度はそんな大騒ぎにはなりたくない。それぞれの家に個別に訪問して治療したいといって、何とかその場はしのいだ。

最初に行ったのはイタリア人女性のパオラの家である。家に着くと、彼女はいきなりスッポンポンのままで出迎えてくれた。どうやらオーロビルでは、治療を受けるときには素っ裸になるのが当たり前らしい。しかし日本人の私には目のやり場に困る。あらぬ方角を向いて、「せめてパンツだけでも」と懇願して着てもらった。

それからおもむろに、背骨がズレていないかを調べる。ズレがあったので指で戻してみた。
かなりやさしい力でゆっくりとやったのに、時間にしたら10分そこそこである。何となくそれだけでは、治療としては愛想がなさすぎる気もする。ふつうのマッサージなら、有に30分以上かけてしっかりともみほぐすものだろう。無料のボランティアとはいえ、これではあまりにも物足りないのではないかと不安になる。

ところが治療を受けたパオラ本人は、すごく喜んでくれた。小柄できゃしゃな彼女にしてみたら、これまで受けてきた治療は力が強すぎて、お好みではなかったらしい。私の治療をえらく気に入ってくれたから、それがたとえお世辞であっても一安心である。

その後、彼女を通して、私の評判が各コミュニティをかけ巡った。いわゆる口コミというやつだ。今度はそれを耳にしたユリアというポーランドの女性が、私に治療を頼みに来た。彼女は以前から背中の一部が痛くて、どこに行っても治らないから困っているのだという。

治療というのは、治らなくて当たり前と思ってくれたほうが、過度に期待されるよりも結果がうまくいくことが多い。そこで前もって「服を着た状態で」としつこく念を押してから出かけていった。

ユリアは50歳ぐらいで、オーロビルでは顔的存在の人である。彼女の家に着くと、ちゃんと服を着て待っていてくれたのでホッとした。部屋で背中を見せてもらう。なるほど、背中の一部が腫れて盛り上がっている。背骨がしっかりズレているのだ。そのズレているところをゆっくりと指で戻してあげた。やはり時間としては10分にも満たない。効果のほどは私にはわからなかったが、彼女は「これはイイ!」といって非常に納得した様子である。

ユリアの場合も、いつもは強い力で延々ともまれて、それが負担になるだけで効果がなかったらしい。効果がないせいで、さらにしつこくもまれるという悪循環だったのだ。たしかにやせ型の彼女の体には、強い力の施術は向いていないだろう。

それから数日して彼女がたずねてきた。私の施術で、背中の痛みがかなり薄らいだといって喜んでいる。彼女は頭がいい人だったので、力がソフトで時間が短いのは、施術としてはとても良いことだと論理的に解釈してくれた。

それを聞いて私も、自分の施術に対するイメージが変わった。効果があったといわれても、まだ自信がもてるほどではなかったが、それでもオーロビルの顔であるユリアが認めてくれたのはうれしかった。

その後、彼女が宣伝してくれたせいか、私のところには後から後から健康相談が続いた。そればかりか、なぜか恋愛の悩みまで持ち込まれることが増えた。おかげで自分の特技というか、特性めいたものの輪郭がおぼろげながら見えてきたのである。(つづく)


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