世界の中心で反ワクチンを叫ばなくていい
地方や年代によっていろいろ差はあるかと思いますが、新型コロナワクチンの接種が、私の周りでもずいぶん進んできました。
私は、まだ打っていません。
基礎疾患もなく、ここ一年めったにチャリ圏内から出ることもなく、外食もほぼしていない上に、日ごろからケアは充分できているつもり、免疫力もちゃんと備わっているつもり、の自分はそもそも感染リスクが低く、優先されるべき人に道を譲るべきだと思っているからです。
だからといって、ワクチン打たない派というわけではありません。
ところが。
これって自然療法業界のあるあるなのかもしれませんが、コロナ以前から、反ケミカルとか反ワクチンみたいな人に仲間意識を持たれがちです。
なので、私のことをワクチン反対派前提で「打たないよね~?」と同意を求めてくる人や「ワクチンなんか打つバカいるんだね~」みたいな陰口を一緒に楽しめると思って話しかけてくる人などが後を絶たず、これにはさすがにイラついております。
ワクチン打つ打たないは個人の自由でいいから、みんな黙っとけ★
私はもともと、反ケミカルとか反ワクチンの人がちょっと苦手。
だってほら、声高にデメリットばかりを叫ぶじゃない?
いやいや、世の中にそんなデメリットしかないものなんて、ある??
確かに人間は間違える生き物であって。
良かれと思って開発したものが、後になって人体に悪影響だったとわかることなんて、これまでにいくらでもあっただろうし、これからだっていくらでもあるでしょう。
でも、そんな失敗をあげつらって、まるで人間が悪意を持って生み出した産物のように吹聴するのは、それこそ悪意のある行為じゃないかと思うのです。
危険なものって、化学製品や薬品だけではありませんよね。
たとえば私はハーブを専門に扱うので、自然界の植物にもたくさんの毒があることを知っています。どうして我々が、それを毒だと知りえたのかというと、どこかで犠牲を払った先人がいたからです。
私たちの生活というのは、そういうものの上に成り立っていることを、そういう歴史への敬意を、忘れてはいけないと思っています。
もちろん、それを前提にしたうえで、
「だけど自分が果敢な先人になるのは御免だ」
という気持ちは理解できます。
というか、そういう気持ちなら、私にだってありますよ。
未知なるものは怖いよね。誰だって、泥を被るのは嫌だよね。
でもそれは、思うのは自由だけど、声高に叫ぶことでもないと思うんです。
ましてや、「進んで泥を被る奴って情弱じゃねーの」みたいに、バカにするのは違うのではないでしょうか、とね。
いすれにしても、ゼロから何かを生み出す人間のパワーは本当にすごいし、敬意しかありません。
ワクチンは、冬までに打てればいいかなと思っています。