長谷川さん素敵です〜蒸篭とか木べらとか丁寧な暮らしだとかそんなもんは捨て置いて〜
ただならぬ怒気をまとい、やや強引に鍵をガチャリと回す。
ええ、ええ! 怒っていますとも!!!!
今日のプレゼン、私的には、超! 超! ちょーちょー良い出来だったのに!!!!
「思い返してもムカつく」
胸の内を代弁、なんて出来はしないので、バンっと開いた玄関に、無駄にタイトなスカートが破れない程度に入り込み、これまた急ぐように靴を脱ぎ散らかして。
廊下を進んだその先にあるキッチンの、最愛の扉を開く。
――プシュッ……グビッ!!!!
「っはぁ〜!! やってられん!!!!」
ガンッ、と座り込んで床に打ちつけた缶から、少しだけ液体が飛び散った。
清楚な服装に見合うよう、控えめなリップを塗った口元を片手で拭い、窮屈なジャケットとスカートを脱ぐ。
巷では、
ーー毎日蒸篭で生活してます(特大級のハート)
なんて言っている乙女たちがいるけれど、私には到底そんな真似はできない。
私が愛しているのは、蒸された野菜ではなく、3分でできる美味しい麺。
「やってらんねえ……」
お上品に塗られたオフィスで映えるピンクベージュのネイルで持つカップ麺とビール缶こそ至高なのだ。
『長谷川さんって、いつでも綺麗で羨ましいわ』
『長谷川さん、今日も仕事早くて助かる』
『長谷川、今日一緒にランチどう?』
綺麗なのは世に溶け込むため、仕事が早いのは早く帰りたいから、一緒に行くランチは会社内の情報収集。
まーったく、微塵も、興味ありません!
丁寧な暮らしだとか、そんなもんは捨て置いて。
周囲の理想もぜんぶ、ぜーんぶ捨て置いて!
本当の私は、私だけが知っていればいい。
今日もその厚化粧を落として、シャワーで全てを洗い流し、明日の戦闘に備えるのである。
「あぁ、忙しい」
寄れたリップを拭い直して、脳内では今日の自分もよくやった、と褒め称える。
今日も今日とて、散々だった。
でもいつかは、理想の暮らしができるだろうか?
ふうっとため息を吐いて立ち上がり、部屋の片隅に追いやった、ちょっとだけ背伸びして買ったルームフレグランスを部屋ではなく頭上に発射。
蒸篭とか木べらとか、ぜんっぜん興味ない。
「私にはこれで充分だわ」
降り注ぐ香りの中、そっと私は微笑んだ。
蒸篭とか木べらとか丁寧な暮らしだとかそんなもんは捨て置いて
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