創作短編:フラワーテイル*7-3 加護
**前話7-1、7-2
すぐにお店に行こうと思ったけど、仕事が立て込んで1週間が経ってしまった。
小瓶のしずくの加護が無くなっていないか気になる。
そんなことはないと思うけど…。
仕事が一段落ついた翌日、やっとお店を訪れた。
「こんにちは。アイスコーヒーお願いします」
「いらっしゃい。少々お待ちくださいね」
今日も少し小雨だけど、あれからすっかり雨の音やささいな音が苦手じゃなくなった。
煩わしいことが減ると気分も良くなって嬉しい。
これも雨神さまのおかげかもしれないな。
「はい、どうぞ。シロップも」
「ありがとうございます。あの、今日はこれを渡したくて来ました」
バッグから花のしずくが入った小瓶を取り出す。
「少し前にあじさいを探しに行って、見つけてきました。雨神さまの花のしずくです。良かったらどうぞ」
「え、本当に見つけられたの?」
小瓶を見ながら目をまんまるにして驚いている。
ふっと笑みがこぼれた。
「そうなんです。最初は全然見つからなくて。もう諦めて帰ろうとしたら、雰囲気が違うあじさいが咲いてるのを見つけたんです。それ以外はあんまり思い出せなくて説明できないんですけど…。それで、このお話をしてくれたお礼に渡したくて」
小瓶をオーナーさんに手渡しながら感謝を伝える。
「全然、お礼なんていいのに。それにこんな貴重なの受け取れないわ。手元に置いていたら?きっと良いことがあるわよ」
「実はもう、良いことがあったんです。だからこれはおすそ分けだと思って、ぜひ受け取ってください」
一拍置いて、オーナーさんはふわりと笑った。
「ほんとにいいの?すごくうれしいわ、ありがとう。じゃあこれはお花にお水と一緒にあげるわね。すこしでも長く元気でいてくれるように」
そう言ってカウンターのお花に目を向ける。
思わずくすりと笑ってしまった。
オーナーさんはいつも花ファーストなのだ。
「オーナーさんとお花にも、雨神さまのご加護がありますように」
* * *
それからまた忙しい日が続き、カフェにはしばらく行けずにいた。
そして今年も「例年より暑い夏」が始まる。
ある日、休憩時間にふとSNSを見た。
そこにはトレンド話題にあのカフェの名前が載っていた。
なんだろう。新作のお菓子でも出たのかな。
ちょうど明後日お店に行く予定だから聞いてみよう。
そのときはあまり気にせずスマホを閉じた。
* * *
カランコロン…。
軽やかなベルの音とともに扉を開ける。
店内はいつもより多くのお客さんでにぎわっていた。
え、なに?イベントか何かかな。
店内を見回すと、数人のお客さんがカウンターの中心に向かってスマホを構えている。
カウンター横からオーナーさんが気づいて迎えてくれた。
「いらっしゃい。いつものアイスコーヒーにする?」
「はい、お願いします。今日はイベントか何かですか?」
「それが違うのよ。例の花のしずくのおかげなの」
オーナーさんがこっそりと教えてくれた。
「小瓶のしずくをお花に数滴ずつあげたの。その日は何もなかったんだけど、次の日に花弁がほんのり光り出してね。もうみんなでびっくりしたわ。プラチナみたいな色をまとった雰囲気がすごく綺麗で、スタッフさんがお店のSNSにあげてみたのよ。そしたらちょっとした話題になって、このとおりお客さんが見に来てくれたのよ」
もちろん由来は伏せてね、と茶目っ気たっぷりの顔で店内に顔を向ける。
なんとびっくり。きっとこれもご加護なのかもしれない。
「ほんとに…すごいですね、こんなに効果があるなんて。あとでそのお花見せてください」
「もちろん、たっぷり見ていってちょうだい。これも雨神さまと、見つけてくれたあなたのおかげね。本当にありがとう。あ、アイスコーヒーちょっと待っててね」
お互いにくすくすと笑い合う。
なかなか混んでるけど、いつもの窓の席が空いていた。
こういう、ちょっとしたことも嬉しい。
外は日差しがカラッとしていて気持ちがいいな。
見上げると夏の青空が広がっていて、白い雲が何かを形作っている。
今年はいつもより暑いけど、いつもよりとても素敵な年になりそうだ。
夏休暇は何しようかな。と珍しく先の予定を考える。
カラン、と氷の音がした。
「はい、お待たせしました。アイスコーヒーと、試作のお菓子も良かったら食べてみて」
「え、ありがとうございます。嬉しいです」
冷たいアイスコーヒーとほんのり甘い焼き菓子。
いつもよりとても美味しく感じた。
* * *
終