【短編小説】小さな優しい輪の中で
あ!あいだのじいさんだよ。
あいだのじいさん!
いつもの公園で、散歩途中のあいだのじいさんに出会った。
あいだのじいさんは、私と娘だけの秘密のあだ名。
娘が好きな子ども向け番組に出てくるキャラクターの名前だ。
それに似てるというわけでもなく、娘の中でブレイクワードだった"あいだのじいさん"という言葉がしっくりハマってしまったのだ。
毎日毎日、私たちは公園で遊び、あいだのじいさんは散歩をしている。
お互いの存在を認めざるを得なくなった頃、あいだのじいさんは娘に手を振ってくれるようになり、次第に娘も手を振りかえすようになった。
そして少しだけ話をするようにもなり、今ではたまにお家にお邪魔してお茶をいただいたりもする。
つぐみちゃん、こんにちは。
あいだのじいさんは優しく手を振りながらこちらに向かって歩いてくる。
あいだのじいさん!
娘は今にも足が絡まりそうなほど危なっかしい走りで向かっていった。
こんにちは。
今日はいい天気でしたね。
私もたわいもない話をする。
娘は手に持ったダンゴムシをあいだのじいさんに渡した。
白い手袋をしたあいだのじいさんの手のひらでコロコロと転がるダンゴムシを3人で見た。
なんとも不思議な、愛おしくて可笑しな時間が流れた。
空が少しオレンジ色に染まってきた。
そろそろ帰ろうか。
あいだのじいさんとダンゴムシと夢中で遊ぶ娘に渋々声をかけた。
いつもすんなりうんとは言ってもらえない。
まだかえらない。
あいだのじいさんは、明日うちに遊びにくるかい?保育園お休みだろ?と聞いてくれた。
娘は勢いよく、いく!プリン!と答えた。
娘はお家に遊びに行くというより、大好物のプリンをいただきに行くのを楽しみにしているのだ。
すみません…
一応の気まずさも出しつつ、嬉しそうにうんうんと頷きながら微笑むおじいさんに素直に甘えようと思った。
じゃあ今日はもう帰ってお風呂入ってご飯食べて、早めに寝て明日お家に遊びに行かせてもらおう?
娘は何も言わずこくりと頷き、大きな保育園バッグを肩に下げ、半ば引きずりながらトボトボと歩きはじめた。
私はあいだのじいさんにお礼を言い、大きなトートバッグに隠れた娘を追いかけた。
翌日、連勤で疲れ切ったパパがまだ寝ている中、娘は早々に起きて、プリン食べに行く!と言った。
仕事に行くパパを見送り、身支度を済ませて家からすぐのところにあるあいだのじいさんのお家に朝からお邪魔した。
町中とは思えない大きなお家で、広い畳の間が娘は大好きだった。
縁側に繊細なグラスに注がれた冷たい麦茶とアンパンマンのジュースが運ばれた。
よかったらどうぞ。
あいだのじいさんのお家には娘のためのおやつや飲み物がストックされるようになっていた。
ありがとうございます。
いただいたきます。
いただきます!
娘は10秒ほどでジュースを完飲した。
そしてプリン!プリン!とスイッチが入ったかのように連呼した。
プリン、冷やしてあるよ。
のそっと立ち上がり、あいだじいさんは台所の奥に消えていった。
どうぞ。
ニコニコとあいだのじいさんはお盆に乗ったプリンを娘に差し出した。
丁寧に器に盛られたおじいさんの手作りプリンが娘は大好物だった。
しっかりと濾された繊細なプリンに優しい愛情を感じる。
けれど、そんなのはお構いなしに娘はまたすぐに完食した。
もっと!もっと!ママのもちょうだい!
ベビーサインを交えながら必死に訴える娘に、あいだのじいさんは困りながらも嬉しそうだ。
つっちゃん、もうおしまい。
ママの分けてあげるけど、これで最後ね。
まだ食べてもいいですよ。
たくさん作りましたので。
でも、お昼ご飯食べられなくなるね。
そうなんです…
と、話している間に私のプリンはあっという間に消えてなくなった。
そしたら、おやつにまた食べたらいいよ。
今日このあとは?
いえ、特に。
パパも仕事ですし、2人でのんびり。
そしたら、お昼もよかったら食べていってください。
おそうめんをたくさんいただきましてね。
今日の昼ごはんはどうしようとそればかり考えていたのを見透かされたのかと少しドキッとしたが、素直にありがたくいただくことにした。
ありがとうございます、本当に助かります。
いえいえ、私はいつもひとりだから。つぐみちゃんやお母さんとお話しできるのが楽しくてね。
こちらこそこんな年寄の相手をしてくれてありがとう。
その気持ちですよ。
私は膝に座る娘をきゅっと抱きしめた。
ちゃっかりお昼寝までさせてもらい、起きてからまたプリンをいただいた。
もっと!とせがむ娘に、あいだのじいさんは公園に行こうと提案してくれた。
みんなで一緒にお散歩をしながら公園に行くことにした。
仲良しのジャックラッセルテリアのチョコちゃんにハグをして、いつも成長を見守っている畑のナスを観察し、猫じゃらしを集めながら公園へ向かう。
そんないつもの2人のルーティンに、あいだのじいさんが参加した。
公園に着くと、また2人はダンゴムシと遊んでいる。
次第に近所の小学生たちも集まり始めた。
あ!今日も出会ったね!
毎日毎日同じ公園にいる私たちのことを、みんなも認識しているようだ。
みんなはいつも娘のことを可愛がり、一緒に遊んでくれる。
おやつを分けてくれたり、娘のわがままに付き合ってくれたり、お兄さんお姉さんたちの遊びに巻き込んでもらったり。それでも嬉しそうに娘はついていく。
とてもありがたい。
割と大きな町に住んでいるけど、こんな風に地域のみんなで生きることをシェアできるのは、とっても幸せだ。
公園の木々と澄んだ空が美しい。
娘がまた足を絡ませかけながらこちらに向かって走ってきた。
手のひらには大量のダンゴムシが丸まっていた。
ママ、あげる!
私の手にコロコロっと転がしてきた。
ゾッとする私を置いて、娘はまたみんなの元に走っていった。
優しく微笑むあいだのじいさん、ダンゴムシに夢中の娘、それを囲む笑顔の小学生たち。
この町も悪くないなぁと、引っ越しの直前でさらに強く感じたのだった。
秋になり、新しい町に引っ越した。
そこはたくさんの自然で溢れている。
前の町よりもさらにみんなで生きるをシェアするのが身近な町のようだった。
パパはいつも近所の人から野菜やらお菓子やらを貰ってくる。
ありがたいことに、食べきれないほどいただく時もある。
私たちは感謝をしながら、特にたくさんいただいた時は半分をあいだのじいさんにお裾分けをする。
娘の写真と手紙、そして娘と選んだささやかなプチギフトを段ボールに入れて。
あいだのじいさん、喜んでくれるかな?
あいだのじいさんのおうちいく!!
じゃあまたパパがお休みの日に遊びに行こうか。
娘は嬉しそうに飛び跳ねた。
私たちの間を巡る優しい循環はまだまだ続くのだろう。
そんな風に、優しい循環を繰り返しながらみんなで生きるをシェアしていくことができるのなら、きっとこの世界はもっともっと優しくて愛に包まれた世界になるだろう。
2歳の娘であろうと、誰であろうと、その巡りの一端を担っているのだ。
例えそれが、プリン目当ての優しさだとしても。