バナナ買ってきて
「あ、バナナ買ってくるの忘れちゃった」
買い物袋を覗き込みながら、夫は言った。
近頃、夫はよくバナナを食べている。小腹が空いたとき、食べるのに重宝しているらしい。でも今まで、バナナを買い置きする習慣がなかったため、いつも何となく買いそびれてしまうのだ。
食習慣が変わっても、買い物習慣というのは、いきなりは変えられない。いつも買っているお肉や野菜をレジカゴに入れると、もう買う物はないと、安心しきって、レジに向かってしまう。夫の中でもバナナはあったら便利という程度の位置づけなので、買うのをつい忘れがちなのだ。
そんなことが続いたせいで、最近夫はバナナを口にしていない。
しかし、この年末、バナナがないと困ると思い始めたのか、最近は念仏のように、
「あー、バナナ無いんだった」
「あー、バナナ買ってなかったんだなぁ」
「今度買い物行くとき、バナナ買ってきて」
と、バナナ教に入信したのではないかという勢いで、バナナバナナと唱えている。あまりにバナナバナナ言ってくるので、
「あなた、お猿さんなの?」
と聞いたら、
「ウキッ!」
と返事をした。
今朝、夫が仕事に出掛ける前に、
「今日買い物行くかもしれない。何か買ってきてほしいものある?」
と一応聞いてみた。「バナナ」の答えを期待して聞いたのだが、
「ないよ」
と言う。
バナナ教から脱会したのか、それとも体の中から猿の気配が抜けていったのだろうか。もし、バナナはもういらないと思っているとしたら、買ってきても余らせてしまうだけだ。どうしたらよいものか。
そんなことを考えていると、
「あぁ!バナナバナナ!バナナ買ってきて」
と、慌てて言った。夫の中の猿が目覚めたようである。
そして私はこれから買い物に行く。
一応、バナナを買い忘れないように、メモ書きはしてあるのだが、私はよく、このメモ書きを忘れて買い物に出掛けてしまうのだ。
果たして今日、帰宅した夫はバナナを手にすることができるだろうか。
夫がバナナを目の前にして「ウキッ!」と猿のように喜べるか否かは、私の記憶力にかかっている。とりあえずバナナのことを忘れぬよう、マスクの下で「バナナバナナ」と唱えながら、私はスーパーへと向かうことになりそうだ。もし、埼玉県内で「バナナバナナ」とボソボソ念仏を唱えている中年女がいたら、それは私だと思われるので、そっと見守ってほしい。
いってきます。
その他の夫とのエピソードはこちらのマガジンにまとめています。
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