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ゲゲゲの觔斗雲(きんとうん)

 かつて私には長く勘違いし、思い込んでいることがあった。
 それを指摘されたのは高校生のときだった。初めてその事実を耳にし、私は衝撃で、あしたのジョーレベルの真っ白さに襲われたのである。

 その日は友人たちと、「あの先生は何かに似ている」という話で盛り上がっていた。学校の先生を「あれに似ているこれっぽい」などと例えるのは、生徒たちにとって大好物の話題である。
 私はふと、その先生に似たアニメキャラを思いつき、

「あの先生、ゲゲゲの鬼太郎の一反文目いったんもんめに似てるよね!」

 と言ったのである。
 なかなか良い線いっていると思ったのだが、友人たちは私の顔を見て固まってしまった。
 はて?そんなにおかしなことを口走っただろうか。先生に対してちょっと失礼だったかな?
 一瞬のうちにいろいろな思考が私の頭をよぎった。
 しかしそのとき、友人の一人が予想外の一言を放ったのである。

「え? それってもしかして一反木綿いったんもめんのこと?」

 私の頭の中は「?」となった。

一反木綿いったんもめんってなによ。一反文目いったんもんめよ。あの長くて白い布みたいなのに、目がついているあれよ。よく鬼太郎を乗せて、空飛んでるじゃない。あれよあれ」

 そんなことを友人に話したところ、周囲はドッと笑いに包まれた。

 「だから、それが一反木綿いったんもめんなんだってば。あれは布の妖怪だから、木綿なんだよ」

 私は目を見開いた。そしてかなり大きな声で

「えぇ!?本当に?」

 と驚愕した。その頃私は、南沙織も真っ青になるくらいの生粋の17歳だった。私は、幼い頃から親しんでいたゲゲゲの鬼太郎の一反木綿いったんもめんを、その年になるまでずっと一反文目いったんもんめだと思い込んでいたのだ。その瞬間、一反木綿いったんもめんのように、私の頭は真っ白になった。

 私の勘違いはそれだけにとどまらない。
 結婚して間もない頃、ボーッと壁を見つめる夫に、

「あなた、なにキョクウを見つめているの?」

 と言ってしまい、夫をキョトンとさせてしまったことがあった。私は虚空こくうをキョクウと思い込み、それを疑うこと無く成人し、結婚までしてしまったのである。
 「だって空虚の虚はキョって読むじゃない!」
 という私の言い訳も虚しく、夫はここぞとばかりに笑いに笑いまくった。

「あー、外で言わなくてよかったねぇ。大恥かくところだったねぇ!」

 容赦なく響き渡る夫の嬉しそうな声に、私が拳を握ったのは言うまでもない。

 そして昨夜、私は土木学会さんのコンテストに、以下のエッセイを投稿したのだが、そこでまた、私はあしたのジョーのように真っ白になってしまったのである。

 このエッセイには西遊記の孫悟空が乗る雲、觔斗雲きんとうんが登場するのだが、その觔斗雲きんとうんを、私はキントーンとカタカナで何の迷いもなく書き、何の疑いも持たずに投稿してしまったのだ。

 有り難いことにコメントで、それとなく気づかせていくださるような優しいコメントを頂いた。その方は夫のように

「えー? キントーン? なにそれ? 間違ってるねぇwww!」

 などとは決して言わない。
 本当に、それとなく、私に恥をかかせない気遣いを感じるような繊細な書き方でもって教えてくださったのだ。
 私は自分の間違いに気づき、
「ぎゃー!」
 と一反木綿の布が首に巻き付き、締め上げられたような声を上げて白目をむいたものの、一瞬で我に返り、大急ぎで手直しをした。

 しかしそれで安心してしまった私は、ハッシュタグを「#キントーン」としたまま直すのを忘れてしまった。
 別の方から「キントーンという名のソフトウェアーが実在する」というコメントを頂き、「あっ!ハッシュタグそのままだ!!」と、ようやく気づいたのだ。もう、てんやわんやである。

 私は昨日まで、ずっと觔斗雲きんとうんをキントーンだと思って疑っていなかったのだ。自分の無知さ加減に、あいたくて震える以上の震えに襲われてしまった。
 普段、こうして文章を投稿する際、単語やことわざの誤用がないか、気になったら、意味がわかっていたとしても確認して書くようにしているのだが、キントーンのことは全く疑っていなかった。

 ちなみにアニメのドラゴンボールでは、觔斗雲きんとうんのことを筋斗雲と表記しているようだ。觔斗雲で検索すると、これらの漢字表記がヒットする。

 觔斗雲
 筋斗雲
 斤斗雲
 金斗雲

 「筋」と「斤」は、「觔」の異体字らしい。金斗雲の「金」は、日本で「觔」という字が一般的でないため、当て字的に使われたのではないかという説もある。

 それにしても、無知と思い込みは恐ろしい。何でも知った気でいるのはよくないものである。今回、つくづくそれを痛感してしまった。

 帰宅した夫に事の顛末を話してみた。すると例のごとく、そのつぶらな目をキラリを輝かせて、こう言った。

「やだなぁw 孫悟空がに乗ってるからきんとうんなんだよぉ。
え? 高校生のときに一反木綿を間違えて覚えてたことのあるって? あー、もうそれはゲゲゲだね。ゲゲゲの觔斗雲きんとうんだねwww!」

 容赦なく響き渡る夫の声に、私はまた、この拳を握ったのは言うまでもない。




昨日コメントで教えてくださった
バクゼンさん、ゆうゆうさん、コメント頂き、助かりました。
本当にありがとうございました!

お読み頂き、本当に有難うございました!