果物を赤くしたい
私にとって旬の果物を買って食べることは、ちょっとした贅沢だ。
もっと日常的に食べたほうが身体にも良いのかもしれないが、普段の食事に気を取られ、果物まで気が回らないことが多い。
たまに食べる果物が美味しいと、あぁ、また買ってみようかな、という気持ちになる。逆に想像より甘くなかったり、味がぼやけてたりすると、やるせない気持ちになり、ついこんなことを思ってしまうのだ。
(あぁ、ハズレを引いちゃったな)
年中、果物を口にしている果物好きならまだしも、私のようなたまに買うくらいの人間が、ちょっと味のボケた果物をつかまされたくらいで「ハズレ」などと言い放つ傲慢さは、如何ともし難い。
人間、謙虚でいることは大事である。少しくらい色づきが悪かったとしても、それを受け入れる度量を持ちたいものだ。いや、青白い果物こそ、自らの手でどうにかして美味しく食べるんだ、という熱い気持ちがあれば、本当にどうにかなるかもしれない。
子供が「すごいねー」などと褒められて、照れて赤くなっているのは可愛いものだ。あんな感じで青白い果物も赤くなったりしないだろうか。
しかし果物が真っ赤なるくらいに褒めるとなると、なかなかの技術がいるような気がする。ここはやはり、グラビアアイドルの写真を撮るプロのカメラマンにご登場頂き、
「いいねぇ、可愛いねぇ!もう少し恥ずかしそうにしてみようか。あぁ、いいねぇ最高だねぇ!」
こんな具合に褒めちぎってもらえば、果物にも少し赤みがさすかもしれない。しかし「そんなお世辞は通用しないわよ!」という気の強い果物がいないとも限らない。
そんな果物をもっと恥ずかしがらせるには、どうしたら良いのだろう。
スカートめくりでもすれば、比較的簡単に真っ赤にさせられるのかもしれないが、それではあまりにもハレンチで非人道的だ。世界中から非難の声が集まりそうである。
もうこうなったら、イケメンの俳優さんにでも来てもらって、ハグしてもらうのが一番手っ取り早いのではないだろうか。
しかしどんなイケメンでも果物が人間に
「キャァァァァーーー!!」
と黄色い声を上げ、顔を紅潮させることがあるだろうか。
イケメン俳優よりも果物の王様、ドリアンにハグしてもらう方が、青白い果物のテンションも上がるかもしれない。
しかし万が一、完熟したドリアンの実が割れて中の果肉が溢れでもしたら、強烈だと噂されるそのニオイに、私のほうが
「ギャァァァァーーー!!」
となってしまいそうだ。
考えれば考えるほど、果物を美味しく色づかせるのは大変な作業なのだ。
そんなことを改めて思っていると、夫が横でちびちび冷酒を飲みはじめた。徐々に赤ら顔になる夫を見て私は思わず
「それだ!」
と、叫んだ。夫は女房の突然の叫びに若干怯えながら、
「どれ?」
と聞く。私は思いついたままを夫に話した。
「人間もお酒を飲むと赤くなるんだから、果物にもお酒を飲ませたら、色の悪い果物も赤くなるんじゃない?」
夫は、女房のトンチキな発言を赤ら顔のまま受け止め、冷静にこう言い放った。
「果物に酒を飲ませても、果実酒になるだけじゃない?」
小さな瓶でも果実酒は作れるらしい。ブランデーなどで漬けると芳醇な香りになるそうである。どんなに色の悪い果物でも、香りや風味はそれなりにあるはずだ。無理に果物を赤ら顔にするよりも、酒に溺れさせたほうが、酒飲みの私にとっても、お得かもしれない。