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アサリ可愛や、可愛やアサリ


私は、年齢の割には古い歌を知っている方だと思う。
そんな古い歌の中でも、思わず口ずさんでしまうのが、
戦後すぐの日本で大流行した歌、
サトウハチロー作詞、万城目正作曲の「リンゴの唄」である。


歌いやすく、耳馴染みよく、鼻歌にはピッタリの歌だ。

この歌を口ずさんでいる時、私は大概、アサリの砂抜きをしている。

春になると、一斉にアサリが出回りはじめる。
アサリ好きの人には、たまらない季節だ。
私は貝類はあまり好んで食べないのだが、夫が好きなので、
安い時にまとめて買って砂抜きし、小分けにして冷凍しておく。
この冷凍アサリ、使いたい時に使えて大変便利だ。
アサリの砂抜きは、使う前のひと手間で面倒ではあるのだが、
私は、このアサリの砂抜き、嫌いではない。

500mlの水に大さじ1杯の塩を溶かして作った塩水に
アサリを入れ、ひたひたに浸からせる。
上からアルミホイルか何かで蓋をして暗くしてあげれば、
アサリは面白いほど、頭をニョキニョキ出して、
水をピューピュー吐くのだ。これがなんとも面白い。

30分ほど放置して、私はアサリの様子を見に行く。
アルミホイルの蓋を開けてみると、急な明かりにアサリはピクリとした。
ぴゅーぅ、と水を吐いて、貝の中に頭を引っ込めてしまう。
しかし、2匹ほどは、何も気づかぬ様子で、
そのままだらーんと、怠惰に伸びていたりする。
生きてるのか? と心配して、頭をツンとつついてみると、
ハッ!と我に返ったように、動き出し、ユルユルと頭を引っ込める。
その姿に思わずニヤリとして、また蓋を閉める。

そしてにわかに、口ずさむ。
途中までは「ふんふんふーん、ふふんふんふん」と
鼻歌まじりで適当に歌うのだが、サビの部分になった途端、
手にしていた菜箸をマイク代わりにし、

アサリは何にも言わないけれど、
アーサーリの気持ちぃはー、よぉーくわかるぅー
アーサリーかわいやー、かわいやアサリー♪

と高らかに歌い上げる。
アサリへの思いを歌にぶつけることができ、私は大満足だが、
ご近所さんには20秒ほどの騒音をお見舞いしてしまうことになる。

1時間程度の砂抜き時間を終え、塩水を捨てたら、
また蓋をし、塩分を吐かせるために30分程度おいておく。
この時、私は少し、しみじみする。
しじみではなく、しみじみする。
アサリはまだ何も知らない。
だが、このあとアサリの身に起きることを、私は知っている。

30分が経過し、アサリを見つめる。
アサリの気持ちはよく分かると歌った、その舌の根も乾かぬうちに、
流水でザブザブ、アサリを洗い、水気をペーパーで拭きながら、
アサリとの今生の別れを惜しむ。
そのままストックバックに入れられたアサリは、
冷凍庫で永遠の眠りにつくのだ。
あんなに、かわいいかわいい歌っていたのに、
何という残酷なことであろうか。
己のサイコパスっぷりに震えながら、冷凍庫を閉める。
私も震えているが、おそらくアサリの方が、
その寒さにもっと震えていることだろう。

次、再会する時は、アサリは完全な食材と化し、カチコチに凍っている。
その姿は、あまりに静かで、
あの生き生きと砂を吐いていた頃が、遠い昔のようである。

しかし、アサリとの本当の再会はここからだ。

鍋に水を入れ、そこに凍ったアサリを放ち、火にかける。
水が温まり、鍋底で貝がカタカタ言い始めると、
パァ!っと花が咲くように貝が開く。
ひとつ開き始めると、我も我もと、続けざまに開いていく。
まるで「はぁい!」という声でも聞こえてきそうな、陽気な御開帳に、
思わず顔がほころんでしまう。
やはり、アサリはかわいい。

アサリ可愛や、可愛やアサリである。



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