なんちゃっていも恋
秋である。
今年は9月が早めに涼しくなったせいか、秋を感じる時間が例年より長い気がする。
先日、野菜の直売所でさつまいもが出ていた。
店主によれば、掘ってみたけど、少し小さかったとのこと。寝かせていないので、甘さは控えめらしい。甘くしたいなら新聞紙にくるんで寝かせておいて、と言われたのにもかかわらず、私は我慢できず蒸かしてしまった。
案の定、風味はあるものの、甘さ控えめのさつまいもだった。言われたとおり、寝かせればよかったのだが、蒸してしまったものは仕方がない。スイートポテトに加工しようかとも思ったが、少し面倒くさかった。
そんなとき、ふと、冷凍食品の今川焼のパッケージを思い浮かべだ。
味は二種類。私は普段、カスタードを好んで買っているのだが、この前スーパーに行ったら、恐ろしいことに取り扱いがなくなっていた。そのかわり棚に鎮座していたのは、期間限定のクリームチーズ味の今川焼であった。
私はうろたえた。
冷凍食品の棚を目の前に呆然とし、その事実をはっきり把握したときには、軽く眩暈さえしたのである。
ニチレイのカスタード今川焼が、いかに世のカスタードクリーム愛好家を救っているか、滔々と書き綴って、スーパーに投書するべきだろうか。
そんなことをぐるぐる考えながら、私は仕方無しにあんこの今川焼を購入して帰宅した。
とは言うものの、あんこも美味しいのだ。
私はカスタードクリームをできればバケツ一杯食べたい女なので、カスタード今川焼を愛好しているが、あんこも王道の美味しさで私の甘味欲を救ってくれている。
そんな経緯で我が家には今、あんこの今川焼が冷凍庫にある。そのおかげで、私は甘みの少ないさつまいもの救済法を思いついたのだ。
このさつまいもを、あんこの今川焼に挟んでしまおう!
早速やってみた。
今川焼を電子レンジで温め、切れ目を入れて、そこに少し潰したさつまいもを挟み込む。かなり嵩高な今川焼きになってしまったが、色味は悪くない。緑茶を用意し、がぶりとかじりついて、私は叫んだ。
「いも恋さん!」
そこに思いがけない再会が待っていたのだ。かつて恋した少年が、学ランを着て少し大人びた姿になってやってきたような、そんな感動があった。
「ああ、あなた、いも恋さんなのね!」
となりのトトロと出会ったメイが「あなたトトロっていうのね!」と言い放った勢いそのままに、私は今川焼を見ながらそう言ったのである。
ニチレイの今川焼から
「違うよ」
と返答が来そうであるが、今川焼は私に言われたまま、辛抱強く黙っている。
ちなみに、いも恋とは川越にある菓匠右門の銘菓である。
昨年98歳で惜しまれつつその生涯を閉じた我が祖母が、その味を認めたお菓子である。ちなみにこの祖母、死ぬ寸前まで食べることに執着し、美味しいものを探し求めた生粋の食いしん坊であった。祖母は旅先のサービスエリアでこのいも恋と出会い、「美味しい!」とその目を見開いたのである。
そんないも恋の気配が、この自作のニチレイ今川焼さつまいも入りには漂っているのだ。いも恋は山芋ともち粉でできたモチモチ生地に小豆餡とさつまいもが包まれているので、食感自体は異なるのだが、かじる度にいも恋の気配を舌で感じる。
最近疫病のせいもあって、サービスエリアに立ち寄る機会もなく、いも恋さんとは遠距離恋愛状態になっていた。まさかこんな身近で似たものと出会うことができるなんて思わなかった。
これが実際の遠距離恋愛であったなら、私は愛する恋人に似た身近な彼に、心傾けてしまったイケナイ女である。まさか、こんなことで遠距離恋愛疑似体験ができるとは思わなかった。
私は今、自作のなんちゃっていも恋をかじりながら、遠距離恋愛の一幕を妄想している。ちょうど、いも恋くんとニチレイくんが私を巡って口喧嘩をはじめたところだ。
そろそろ挿入歌に、河合奈保子の「けんかをやめて」を流してみようかと考えている。
お読み頂き、本当に有難うございました!