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アカレンジャーに遭遇した話

 ようやく涼しくなり、心身ともに秋を感じ始めた頃のこと。
 その日、私は信号待ちで停まった車の助手席に座っていた。見慣れた街並みを眺めながら、
 ……あー、帰ったら、ご飯作らないとなぁ〜。
 と口を尖らせ、車窓に視線を向けていたのだ。

 夕飯作りを面倒臭がる不良主婦と化した私が、
 ……あー、うちに料理のお兄さんが突然現れて、パパッと3品くらい作ってくれないかなぁ~。
 なんて現実逃避を決め込んでいると、愛車の横を走っていた自転車の男子高校生が、突然、ふらりとよろけた。車中にいた私は思わず
「おっとっと」
 と声を上げる。

 高校生は風に煽られたわけでもなく、耳にイヤホンが入っていたわけでも、スマホをいじっていたわけでもない。

 あれほど真っ当に自転車を走らせていたのにどうしたことだろう……と思っていると、彼の正面から突然、真っ赤な全身スーツに身を包んだ《アカレンジャー》が、デリバリーっぽい箱型の黒いリュックを背負って現れたのだ。

本当にこんな人がやってきた。

 さすがヒーロー。
 料理を億劫がる主婦を救うために、何か美味しいものでも持ってきてくれたのかと期待したが、そうではない。アカレンジャーは車中にいる私のことなど気にも留めず、しっかり両腕を振って自信たっぷりに前進している。
 自転車の男子高校生がよろけたのも、目の前に迫りくるアカレンジャーの姿に慄いたせいだったのだ。

 正々堂々と通り過ぎて行くアカレンジャーを見て、私たち夫婦は文字通り「ぽかん」としていた。
 信号が青になり、アクセルを踏む夫に言う。

「ねぇ、今の見た?」
「見た!」
「あれ、何?」
「え? 宇宙人じゃない?」
「えぇ? あんなに真っ赤な宇宙人いる?」
 宇宙人は大概、グレイ、もしくはシルバーと色の相場は決まっている。

こちらがグレイタイプ。

 戦隊ヒーローものは幼少期にテレビで見て以来、とんとご無沙汰である。夏休みや連休の時期になると、コマーシャルで、
「後楽園遊園地で、ボクと握手!」
 と、アカレンジャーがブラウン管から手を差し伸べてきたが、後楽園が東京ドームシティに名を変えた今となっては、それも遠い昔の話。
 ああいった戦隊ヒーローが地球人なのか宇宙人なのか、全く私の記憶には残っていない。

 それにしても、なぜ、なんの変哲もない埼玉の道端にアカレンジャーがいたのだろう。
 地球の平和を守るにしても、赤だけでは心許ない。他の4色はどうしたのかと訊ねたくなる。

 もしや、バンドみたいに5色で仲違いでもしたのだろうか。だとしたら、あのリュックの中身は虎屋の羊羹で、アカレンジャーは他色レンジャーに対し、お詫び行脚をしていたのかもしれない。仮にお詫び行脚だとして、埼玉に住んでいるのは何色のレンジャーなんだろう……。

 そんな他愛もないことを考えていると、夫が突然
「あっ!」
 と何かひらめく。

「もしかしたら、ハロウィンのリハーサルじゃない?」

 アカレンジャーに遭遇した日は、ハロウィンの二週間ほど前のことだった。何しろ、頭まですっぽり全身を覆うスーツである。本番までに、着心地を試したい気持ちはわからなくもない。

「なるほど、そうかもね」

 夫婦の間で、あれは、ハロウィンのリハーサルに違いないと話がまとまり、10月31日、ハロウィン当日を迎えた。夫は、

「あのアカレンジャー、ひよっとしたらスクランブル交差点の定点カメラに写り込むかもしれないねぇ」

 と言い、ライブ映像をこまめにチェックしていた。
 だが、その努力虚しく、一番賑わいそうな夜になっても、アカレンジャーがカメラに映り込むことはなかった。

 そもそも、仮装している人が少ない。
 一度、派手な電飾を付けたミニマムな小林幸子っぽい仮装の人をを見たが、周囲があまりにも普通の私服だったため、肩身が狭そうだった。

 仮装よりも派手だったのは、人々を誘導する警官の笛で、そのリズムはまるで、リオのサンバカーニバルのよう。あの雑踏の中にブラジルの方がいたら、ホームシックになってしまったのではないかと心配だ。

 ピーピーと響き渡る笛の音を聞きながら、大人が我が物顔で仮装するハロウィン自体が既に下火になってきたのかもしれないと思っていると、
「うーん」
 横で夫が唸り声を上げた。そして、例年よりも、おとなしい渋谷の様子にボソリとつぶやく。

「こうなったら来年は、俺がとっておきの仮装をして行くしかないか……」

 謎のやる気を見せ始めたが、
「渋谷区の迷惑になるからよしなさい」
 と夫を諭したところで、時計は午前十二時。
 本番に挑むアカレンジャーを見ることなく、今年のハロウィンは終了と相成ったのであった。




 あのアカレンジャー、本当になんだったんでしょうねぇ。


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