夫、ふるさと納税に駆け込む
クリスマスも終わり、サンタクロースも北欧に帰ってしまった。日本にいる我々は、これから新年の支度をしなければならない。いよいよ押し迫ってきた。
クリスマスが終わった途端、何をすればいいか、買い忘れはないかと、要領の悪い私は、頭の中だけでも大忙しである。
そんな、一分一秒でも惜しい年末、夫が何やら「もにょもにょ」言い出した。夫が「もにょもにょ」しているときは、大体何某かの頼み事があるときである。
「あのね、今年度のふるさと納税の締め切りが、もうすぐなんだよね」
こう言われた私の心の中は、普段のお上品さはどこへやら。
(おぉん? また、面倒なこと言い始めたぞ、このおぽんちんは!)
と驚くほど口が悪くなる。夫は、そんな私の心の声が全く聞き取れないようで、たった一言。
「お肉」
と言った。
ふるさと納税人気の返礼品は、肉だと聞いている。確かに普段食べない高級な肉ですき焼きなどをしたら、心もお腹も満たされるに違いない。うちにある一番いいワインを開けたくなるというものだ。しかし、この年末差し迫った状況で、今からふるさと納税の手続きをするのは、面倒なことこの上ない。
できれば、この状況を回避したいと思った私は、夫の手を取り、己が蓄えたおなかの贅肉をつまませた。
「はい。お肉よ」
夫は、その目をぱちぱちさせ、戸惑った表情を見せる。ここで、
「おめぇの贅肉なんていらないんだよ! 痩せろ!」
などと暴言を吐けば、我々の住む埼玉に血の雨が降るだろう。しかし、そんな下手を打つ夫ではない。夫は一言、
「違う、そうじゃない」
と、言った。夫が最も無難な返答を選んだ次の瞬間、鈴木雅之の名曲が、私の脳内で再生された。
雅之のソウルフルな歌声が脳内に響き割ったっているにもかかわらず、私の気持ちはテンポアップする気配はない。これから年末に向けて、やることは山のようにある。
私は今まで、できるだけ夫の希望は叶えてきた。ビーフシチューも3日かけて作ったし、二郎ラーメンが食べたいと言えば、何とかして作ったりもした。
しかしだからと言って、今この年末差し迫った状況で、ふるさと納税などと言われても困るのだ。ふるさと納税をするならば、会員登録もしなければならないし、それをこちらに丸投げされても困るのである。それに、これから買い物にも行きたいのだ。それなのに、夫は何を寝ぼけたこと言っているのだろう。私のイライラメーターが振り切れそうになった。
「自分でおやり」
私はたった一言、そう夫に言った。
夫は、悲しげな目で私を見つめる。しかも、やや上目遣いである。その姿はまるで、段ボールに入れられて救いを求める、捨てられた小さな子犬のようだ。私の脳内で流れていた鈴木雅之はフェイドアウトし、代わりに子犬が「くぅーんくぅーん」と鳴く声が再生された。
しかし私は心を鬼にする。
「あのね、これから買い物にも行かないといけないの。年末なんだよ。師走なの。あたしゃ、忙しいんだよ。ふるさと納税に付き合っている暇ないの。だから、自分でおやり」
そうだ。そんなにふるさと納税をしたいのなら、自分でやればいいのだ。なぜ、私が手続きせにゃならんのだ。そう言い聞かせつつ夫に言った。
夫は、上目遣いの視線を、しょんぼりと床に落とし、
「わかった。もう寝るよ…」
と言って立ち上がった。自分でひきっぱなしにしていた布団に、するりと入っていく。拗ねた。これは完全なふて寝である。そんな夫の姿を見ながら、私の心の暗雲のようにモヤモヤとした気持ちが広がった。
私が悪いのか?
いや、私は何も悪くないはずだ。なのに、なぜなのだろう。こんなにも後味の悪さが胸に広がっている。このまま、ふるさと納税をスルーしたら、夫の希望を叶えてあげられなかった、という罪悪感を抱えて年始を迎えることになるのだろうか? 夢見の悪い年末年始など、御免こうむりたい。
私は溜息をひとつついた。そして心の中で、
「めんどぐぜぇ!!!」
と濁音にまみれた悪態をつきながら、猛然とさとふるに登録。注文するための項目を入力した。そして、寝室でふて寝している夫の掛け布団を、勢いよく引きはがした。夫はハッとして起き上がる。
「なにするんだよぉー。これは、いじめだねっ!」
そう言いながら寝ぼけ眼で私を見る夫。いじめられているのはこっちの方である。
「起きなさい! ふるさと納税、なに注文したいの!?」
私がそう言うと、「えぇ~?」などと言って半笑いで起き上がる夫。何が「えぇ~?」だ。心の中で夫は、その舌をペロリと出し(しめしめ)と思っているに違いない。いつも夫は、こうやって妻を都合よく操っては、楽しんでいるのだ。何とも腹立たしいことである。
夫は、すき焼き肉と、自分の故郷の名水を使った日本酒を選んだ。普通の通販ならばこれで注文して終了なのだが、ふるさと納税の場合、注文画面から、自治体に郵送する申請書をダウンロードしてプリントし、必要事項を記入しなければならない。そのほかにも本人確認の書類をコピーし、申請書と共に、返礼品を注文した自治体に封書で送る必要があるのだ。郵送するための専用の封書を見つけたので、それもダウンロードし、糊付けして作成した。もちろん宛先も、私が書く。
貴重な年末の数時間を、ふるさと納税に費やしてしまった。何だか腹立たしいので、私しか使えないような高価な返礼品でも注文してやろうと、サイトを睨みつけるものの、やはり夫婦で使えそうなものや食べられそうなものを、ついクリックしてしまう。
自分の希望通りふるさと納税を注文し、夫はひと仕事終えた様子で、猫みたいにコロンと転がってウトウトしている。何とも悔しい限りだ。気持ちが収まらないので、その寝顔に油性マジックでバカボンのパパみたいな髭でも書いてやろうかと思いつつ、次は何の返礼品を頼もうかと、サイトをチェックする私なのであった。
その他の夫とのエピソードはこちらのマガジンにまとめています。