記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

『違国日記』きみの傷みに触れられないことと、わたしがきみを愛していることは矛盾しない

・『違国日記』観ました。

・ひさしぶりに好きだ!と思える映画だったので感想を書くよ〜。人生好きな映画ランキング更新時かも。

っぱこのくらいの距離感でいいよね〜

・個人的に映画を観るうえで「無理なく見ていられる」というのがわりと大事なポイントなんだけど、朝と槙生ちゃんの距離感がほんとうに心地良かった。朝を特別扱いするでもなく、槙生ちゃんに特別懐くわけでもない関係性が、ちょうどよく、少しさびしくて、でもちゃんとあたたかかった。そう❗️わたしと❗️あなたは❗️他人なんです❗️「人は共感してほしい生き物なんだよ」とか言いますけど、わたしは「わたしとあなたが別の生き物だから」、だから得られる安心感や信頼や救いがあると思いますよ。

・友達でも、パートナーでも、親戚でも、一緒に住んでいても、血が繋がった家族でも、「わたしはわたしで、あなたはあなただ」という前提のもとに、愛し愛されるすべての関係に安心できた。槇生ちゃんと朝はもちろん、朝とえみりちゃん、槇生ちゃんと奈々、笠街くんも。違う人間である以上、わかりあえるわけがない。でも、ひとりひとりが自分で生きていながら、たまに確実に手を繋いでいる瞬間がある。

新垣結衣さん、良すぎ〜?!

・日本を代表する女優に今更何を、って話ではあるけど新垣結衣さん、良すぎですね。

・彼女のこと、めっちゃ知ってる気でいたけど、ちゃんと思い出したら、ドラマは逃げ恥とけもなれ、映画は正欲くらいしか観たことなかった。正欲でかなりイメージは変わったんだけど、あんまり知らなかったんだなーと思った。

・一見静かで、波のないコミュニケーションを取っているけれど、その淡白さと、それだけではない揺るがない強さの両立が、今回の新垣結衣のすごいところでした。何様❓

早瀬憩ちゃん、可愛すぎ〜?!

・この映画で初めて知った早瀬憩ちゃん。名前も可愛い。顔も可愛い。ショートカットが似合う。

・この映画、開始10分そこそことかで泣いちゃって、わたしの人生史上最速だった。朝ちゃんはみずみずしくて軽やかなのにもかかわらず、何もわからないままの病院や葬式での空っぽな表情も、「盥回しはなしだ」と言われた時の涙がじんわりたまった瞳も、「一緒に帰りたい」と言う言葉の響きもずんと頭から離れなかった。

・朝(もしくは子供として)の生まれ持った明るさや無邪気さと、親を亡くしたことによるさびしい暗さのバランス、その2つが同時に在ることによる危うさがすごかった。槇生ちゃんと暮らし始めて、生活に慣れ、友達と楽しんでいても、垣間見える孤独感に泣きそうになった。16歳って本当ですか⁉️ 槇生ちゃんとはまた別ベクトルの繊細さがあった。

・「私は誰の一番でもない」というのが15歳らしくて可愛かった。わたしは誰かに対して「この人が一番好き」「この人の一番である」というのはあり得ないと考えていてずっと見ないふりをしているから、その叫びも、それを言葉にできる眩しさも痛かった。でも、わたしは誰の一番でもないが、わたしのことを思ってる人はちゃんといることを知っている。一番になりたいと思うこともあるけど、一番ではない孤独感もちゃんと愛されている事実も全部抱えて、折り合いをつけて生きていける。

槙生ちゃんの強さ

・新垣結衣の槙生ちゃんは静かで、繊細で、自分だけの芯があるように見えるけど、(特に朝のことになると)不器用で揺らめきがあり、ひとりの時はあるけど1人ではなくて、淡々と人と自分の最適な距離を掴むことで、自分を認め、人を守る強さがあった。

・個人的には槇生ちゃんの考え方も、やや近しいところがある気がして心地良かった。「朝の傷みは朝だけの傷みで、槇生ちゃんが理解できなくても、それと槇生ちゃんが朝を大事に思っていることはやはり矛盾しない」ということの安心感がたしかにあった。好きな人の傷みがわたしのものでないことと、わたしが好きな人たちのことを愛しているということは両立できる。

・全体を通して、朝は赤、槇生ちゃんは青がイメージカラーとして使われていて、その影響もあって海みたいな人だと思った。ふたりが朝の家で遺品の整理をしている時、朝が「どうしてお母さんのこと嫌いなの?」と突っ込むシーン。その前に槇生ちゃんが赤いパプリカを食べていて、ふたりの生活の交わりの始まりが表れてるみたいだったなとふわっと考えた。

・「わたしはあなたの母親が心底嫌いだった。だからあなたのことを愛せるかわからない」すごい台詞。わたし槙生ちゃんのこと、最初からめっちゃ好きだったな〜。登場した瞬間から、嘘をつかない大人な気がして安心できた。先の台詞に加えて「わたしはあなたを踏み躙らない」と言い切っていたのは、槇生ちゃんが槇生ちゃんであるが故の誠実さだったと思う。

わたしたちはひとりだということ

・朝が両親を亡くしたさびしさも、槇生ちゃんの姉への憎しみも、えみりちゃんがレズビアンであることの苦悩も、本人以外が理解することはない。でも、スクリーンにいる彼女たちが全部ひっくるめて尊重し合いながら生きていくことで、安心する人がわたし以外にもいるだろうなと思った。

・自分が所詮ひとりであるということを改めてわからされる映画だったけど、絶望はしなかった。ひとりだけど1人ではなく、わかり合うことはないけどただ隣にいることはできる。たまに誰かと手を繋げる暖かさや強さを常に持っていたい。





この記事が参加している募集