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画家の心 美の追求 第84回「ラファエロ・サンティ ラ・ヴェラータ(ヴェールの女) 1516年
この絵を模写してすぐに気が付いた。それはとても気品に溢れていることだ。
さて、その気品はどこから来たのだろうか。
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ラファエロ・サンティはルネサンス時代(15世紀~18世紀)の三大画家のひとりだが、ルネサンス(文芸復興)とは何だったのだろうか。
中世イタリアではメディチ家に代表されるような商人たちが勢力を増し、ついには都市を支配し、国家権力までも握るようになる。
メディチ家などの大富豪は孫やひ孫の代になると文化芸術に興味を示し、彼らのパトロンとなると同時に過去を求め冒険の旅に出る。
そこで知ったのが、自分たち先祖の偉業。古代のローマやギリシャの写実的な芸術を発見し、その魅力、素晴らしさに虜(とりこ)となり、再現しようとした。これをルネサンスという。
15世紀のローマから始まるルネサンスは、大寺院の壁にキリストにまつわる絵が描かれ、国を挙げての大ブームとなる。絵画において大活躍したのは誰だろうか。絵画において活躍したのは誰だろうか。
1番は、レオナルド・ダ・ビンチ(1452年~1519年)。2番はミケランジェロ(1475年~1564年)で、3番がラファエロ(1483年~1520年)だ。
この3人は今現在においてもその大天才の地位を不動のものとしている。
ラファエロは3人の末っ子に当たり、長男レオナルドより31歳若く、次男のミケランジェロよりは8歳若い。この年の差が3人の関係に微妙な影を落としている。
歳の差の近いミケランジェロはラファエロのことを「俺のマネをしている」と、嫌っている。長兄のレオナルドは30歳以上離れているためか、ラファエロが教えを請い訪ねてくると、いろいろと面倒を見、画法などを教えたという。
このようにして末っ子のラファエロは兄貴たちのいいとこ取りをし、すくすく育っていく。
特にフィレンツェでレオナルドと邂逅(かいこう)し、大きな刺激を受ける。やがてローマに移り住み、母と子の麗しい愛情を感じさせる聖母子を描き評判となると同時に、多くの弟子を有する大工房を構え、成功者となる。
そしてラファエロが描いた美しい聖母子を見た、特にローマの若い婦人たちはこぞって聖母のモデルになりたいとラファエロの工房を訪ねやって来る。
ラファエロは甘いマスクに立ち振る舞いも優しく貴族のごとくだったという。それにも増して自分たちを美しく描いてくれる。当然のごとく多くの女性がファンとなり、彼女たちと浮名を流した。
一方で王侯貴族たちからは娘の夫になって欲しいとという申し込みも多数あったが、ラファエロはこれら好条件にもかかわらずことごとく断っていた。
しかし断り切れない縁談もあった。枢機卿(すうききょう)の姪にあたるメディチ・ビッビエーナと婚約したが、この婚約はビッビエーナが押し切ったと言われている。
ラファエロは多くの女性から持てはやされた。そんなラファエロだったが、ただ女をもてあそぶだけだったのだろうか。真に心から愛する女性はいなかったのか。
ラファエロの愛する女性、それはパン屋の娘、マルガリータ・ルティだ。彼女は常にラファエロに寄り添っていたそうだ。
ラファエロは生涯独身で子供はいなかったと伝えられているが、枢機卿の姪ビッビエーナとも婚約はしたものの結婚はしなかった。心の中ではマルガリータただひとりを愛していた。
そうであるならなぜマルガリータと結婚しなかったのだろうか。その理由は伝えらていないが、こんな物語を想像してみた。
「マルガリータ、僕は君をこんなにも愛している。結婚しよう」
「ダメよ。あたしはあなたのお嫁さんにはなれないわ」
「ど、どうしてだ。僕は画家としてこんなにも成功した。だから、君に苦労をかけることはない。それにこんなにも君のことを愛しているじゃないか」
「ええ、もちろん知っています。あたしもあなたのことを心の底から愛しているわ」
「ならばどうして…」
「それは…、あなたもご存じのはず。あたしはしがないパン屋の娘。あなたはバチカン宮殿の司教さまとも、王様ともお話しできる立派なご身分のお方。あたしとはあまりにも身分が違いすぎます。もしあたしがあなた様と結婚などしたならあなた様のご出世に、いえきっと神様から罰を受けるに違いありません。わたしはそれが恐ろしいのです」
「そんなことあり得ない。僕がそんなことさせない。きっと君を守ってみせる。必ず」
「ありがとう。そのお気持ちだけで、もう十分。ああー、あたしはなんて幸せなんでしょう。ローマで一番幸せな女よ」
この絵はそうつぶやく彼女に豪華な革のコートを着せ、永遠ともいえる美しい姿のマルガリータを描き残した。
添えない悲しみを抑えつつも幸せの絶頂だった。それからわずか4年後、ラファエロ・サンティは突然熱病に侵され、帰らぬ人となる。37歳の、あまりにも短い天才画家の一生であった。