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「なぜ作るのか」ということ。

 先日とある場で現代美術家の方が「作品を作って発表することで社会全体を良い方向に変えていきたいという気持ちはあるんでしょうか?」という質問を投げかけられていた。
それを聞いた私は思わず心の中で「おぉ」と声が出た。
なぜなら私自身には作品を作って発表することによって、社会全体を良い方向に変えるという発想がなかったからだ。
質問を受けた美術家の方も言葉を選びながら、自分には特にそういう気持ちはないし、たぶん作品を作って発表している人たちの多くはそういうことを殆ど思っていないのではないだろうか...という旨を答えていた。

 もちろん、自分が作ったものが巡り巡って社会を良くしたり、幸せに生きれる人を増やすことができれば万々歳である。
できれば是非そうなって欲しい。
しかし飽くまでもそれは遠くにボンヤリとある淡い期待であって、「風が吹けば桶屋が儲かる」の風と桶屋よりも遠い距離を有しているイメージである。
更に突っ込んで書くと、私には作品を通して「自分を表現したい」「メッセージを届けたい」という衝動もない。

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ではなぜ作るのか。


 私は自らの脳内にしかないものを「外の世界で実際に見てみたい」という心持ちが強いのだ。
思い描いたものを実物にして、目の前に置きたいという視覚的な願望である。

 また各所で何度もしつこく書いたり言ったりしていることだが、私は作品を通して一般的に対極であると捉えられている事象...例えば「存在しない/存在する」など...の間に横たわる広大なグレーゾーンに「触れていたい」という気持ちが常に根底にあり、それは今まで私が発表してきた作品に一貫する大きなテーマとなっている。
作品制作を通してのみ触れることができる(と個人的に感じている)このグレーゾーンこそが、私にとって一番のリアルであり、非常に抽象的な言葉になってしまうが「全ての物事の本来の姿」であると感じているのだった。

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 一方で私にとって作品を作るということは、一つのことについて長い期間「考える」という行為でもある。
作品を発表することは「今回はここからここまで考えました」ということを物理的な形にして、セーブポイントとして外側の世界に置くということに近いと最近では思っている。

 そのセーブポイントであるところの作品を展示し、訪れた鑑賞者から多様なフィードバックを返してもらうことによって新しい発見や物事の見方がもたらされ、セーブしたポイントから更に先に考えを発展させることができる。そしてそれを糧に、また作品を作る。
この一連のループを繰り返していくことこそが、私にとって作品を制作し、定期的に発表を続けるための原動力なのだった。

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 そもそも何故、美大出身でもない私が現代美術の枠組みで作品を制作するようになったのか。

 私は10代の頃から美術館に行くことが好きだった。
これは生まれて間もない頃から、美術好きで自らも絵を描く母に毎週「日曜美術館」を観せられ、刷り込みされた影響である。たぶん。
そして成長していくにつれ「これはどういうことなんだろうか...」と、ただ美しいだけではなく謎が謎を呼ぶような不可解な要素が多い現代美術に惹かれていくようになった。

 自分の理解の範疇を超えた、ともすればガラクタのように見えるものたちが実は計り知れない価値を持っており、立派な美術館に大切に収蔵されていることに不思議と心が踊る。
作品の中に潜む幾重にも重なった文脈に、突然自分の知らなかった世界を見せられて、それまでの自分の物事の見方を揺さぶられることに衝撃を受ける。
あんまり大っぴらに書くとピュアすぎて若干気恥ずかしいのだが、そんな感動がいつまで経っても自分の中に新鮮にあるのだ。

 好きが高じて大学で文学部美学芸術科に入り、美術史や芸術作品の見方をざっくりと学んだ後、会社員になるのが嫌だったため商業カメラマンになるべく写真の技術を習得した。
結果、絵が上手でなくても、不器用であっても、写真やその他の技術を駆使すれば自分が憧れている現代美術の世界にプレーヤーとして加われることを知ったのだ。
一旦プレーヤー側の醍醐味を知ってしまうと、気づけば制作という行為は「楽しいからやりたい」を通り越して「生きていくからにはやらざるを得ない」に変わっていった。

 なぜこんなに面倒で大変なことを、誰に頼まれた訳でもないのにやらなくてはいけないのだろうか...と、今でも思ったりする。
しかし逆に生きていくからにはやらざるを得ないと思い込むほどの理由が、何だかんだで大小合わせると沢山あるのだから仕方がない。
そんなわけで今後も自分が思うものを良い状態で目の前に表出させるべく、地道に制作に取り組んで行きたい所存である。

(文中の写真は全て2016年発表の"発光幻肢"より)

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