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メアリーのお休みは?戦前の住み込みナニーの休日・休暇事情

「おやすみは、二週間おきの木曜日で、」と、バンクス夫人はいいました。「二時から五時。」
メアリー・ポピンズは、きびしい目でバンクス夫人を見つめて、そして、いいました。「おくさま。上流の方たちのお宅では、一週おきの木曜日で、一時から六時です。わたくしは、そうさせせたいただきます。でなければ――」メアリー・ポピンズは、そこまでいってことばを切りました。
(中略)
「けっこう。けっこうです。」と、バンクス夫人は、いそいでいいました。

「風にのってきたメアリー・ポピンズ」2. 外出日 (岩波少年文庫、林容吉訳)

初めてこの部分を読んだ時、「メアリー・ポピンズには2週おき、たった5時間しかお休みがないの?」と驚いたものでした。「働きづめじゃない!」と。

大人になってからもこの部分を折に触れて思い出し、中&上流階級の家庭に雇われていたナニー(子守)や家事使用人の労働環境、特に休日・休暇のシステムについて興味を持ちました。

画像出典「とびらをあけるメアリー・ポピンズ」(岩波少年文庫)

「メアリー・ポピンズ」シリーズは1934年に初めて出版されました。その後シリーズ内で子どもたちが少しだけ成長するので「数年」進んだ様子も描かれていますが、概ね1930年代を中心とする戦前までが描かれていると考えられます。1945年に第二次世界大戦が終わった後、ヴィクトリア時代から続いた階級制度、そして中・上流階級が家庭が住み込みのナニーや家事使用人を雇う習慣は消滅しました。

ここでは主にヴィクトリア時代~戦前までの情報から、メアリー・ポピンズの時代(1930年代前後)の住み込みナニーを含めた、家事労働者の「休日」「休暇」事情をひも解いてみます。


休暇についての規定はなかった

家事労働者には基本的に法律で定められた休暇の権利はありませんでした。休暇の有無やその長さは、主に雇用主の裁量に依存しており、一部の「善良な」雇用主は、短い休暇(たとえば1週間)を与えることがありましたが、これは標準的な規定ではありませんでした。

クリスマスの翌日、12月26日(ボクシングディ)にプレゼントと共に1日の休暇をもらえるのは一般的でした。しかし、多くの家事労働者は27日には雇用主の家庭に戻っていたようです。

一般的な休日と労働時間

家事労働者は通常、週6日働くのが一般的で、日曜日が唯一の休日とされることが多かったようです。ただし休日も、「丸1日完全にお休み」ではなく、軽めの家事や雇用主のための用事が求められることがありました。

労働時間は非常に長く、朝早くから夜遅くまで働くことが普通でした。

有給休暇は存在しなかった

当時の家事労働者の賃金は非常に低かったため、休暇を取ることで収入が減少する懸念もありました。特に住み込みの労働者にとっては、休暇に出るための旅費、滞在する場所や食事にかかるコストも重くのしかかりました。

1930年代の社会的背景

労働者階級の権利改善を目指した運動が広がりつつあった時代ではありましたが、家事労働者は他の産業労働者ほど恩恵を受けていませんでした。1920年代に設立された家事労働者向けの組合や慈善団体が、労働条件の改善を訴える活動を行ってはいました。しかしその影響は限られており、浸透するまでには至っていなかったと考えられます。

休日の過ごし方

限られた休日&余暇の時間は、家族や友人と過ごす時間、教会への出席、読書や散歩などが主な楽しみでした。

1930年代前後の家事使用人の労働事情が分かる映画・ドラマ

代表的なものをいくつかご紹介します。衣装を含め、当時の雰囲気がよく分かるものばかりです。

■「ダウントン・アビー」(ドラマシリーズ)

  • 時代: 主に1910~1920年代ですが、シリーズ後半で1930年代にも触れています。

  • 概要: 大邸宅で働く使用人たちと貴族一家の生活を描いており、使用人たちの日常や休暇、待遇の差が描かれています。休暇が非常に限られていたことや、休みの日に友人や家族と過ごす様子も見られます。

■「アップステアーズ・ダウンステアーズ (Upstairs, Downstairs)」(ドラマシリーズ)

  • 時代: 1900年代初頭から1930年代まで。

  • 概要: ロンドンの上流家庭の人々(階上)と、その家で働く使用人たち(階下)の生活を対比的に描いています。休暇の描写は少ないですが、使用人たちの厳しい生活やわずかな自由時間が映し出されています。

■「ゴッシュフォード・パーク」(映画)

  • 時代:1932年。

  • 概要:イギリスの大邸宅に貴族や名士たちが招かれた週末の狩猟会が舞台。ある事件が発生し、その解決を通じて、階級社会の複雑な人間関係や、上流階級(階上)と使用人たち(階下)の世界が描かれます。「休日」についてではなく、家事使用人がいかに激務であるか、また階級による「上下」の差がよく分かる内容の映画です。

「シークレット・ガーデン」(映画)


  • 時代: 主に第一次世界大戦後(1910~1920年代)が舞台ですが、1930年代と類似する背景があります。

  • 概要: 物語の中心は子どもと庭ですが、家庭内で働く女性たちやナニーの役割も描かれています。

ミス・ポター (Miss Potter)

  • 時代: 19世紀末から20世紀初頭。

  • 概要: ビアトリクス・ポターの伝記映画。家庭教師やナニーの視点ではありませんが、ヴィクトリア朝時代からエドワード朝時代の家事労働に触れる背景があります。

まとめ

ナニーとか家事労働者の労働&休日・休暇基準について、明確に分けて調べることができなかったのですが、メアリーの「2週間に1度、5時間」という休日規定は「ナニー」という職務上、他の家事労働者よりは短かったのかもしれない、と思いました。

1930年代のイギリスでは、家事労働者の休暇や労働条件はかなり厳しいものでしたが、この状況は第二次世界大戦後の社会的改革と労働法の整備によって徐々に改善されていきました。

現在も住み込みのナニーや家事労働者をやっとっている富裕層は存在しますが、労働規定は通常の企業と同じ、またはそれ以上の事が多いです。ナニーも週休2日は守られ、また長い休暇も保証されています。



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