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ドラゴンフライ2
ショッピングをするとテンションが上がる。
それはネットショッピング全盛となった今でも同じだ。
ランナーがショッピングにおいて一番テンションが上がるものと言えばシューズにおいて他はないだろう。
新しいシューズを手にしたときのワクワク感は、
各メーカーがシューズ開発にしのぎを削る昨今、
更に増したような気がする。
中学生になって陸上部に入部した時、
初めて買ってもらったターサーF1に
足を通したときの喜びは今もって忘れられない。
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それは50歳を越えても同じで、
新しいシューズが手に入った時の喜びは
中学生の頃と変わりない。
今のシューズは、素晴らしく性能があがっており
シューズを変えるだけで、5000mにすれば10数秒、
マラソンともなれば数分は変わるといわれている。
もちろん人間は2つの人生を同時に生きられないので
数分の自己ベストが出たからと言って
果たしてそれが、シューズのおかげなのか
断定はできない。
でも苦しくなった時、
このシューズ履いてるんだから、
まだいけるだろうと自分に言い聞かせることはできる。
私は古い人間である。
昨年までは
「シューズに頼りたくない。シューズが走ってるんじゃない、
俺が走ってるんだ。」
という固定観念を持っていた。
シューズに頼る前に、自らの脚を鍛え上げ、
最新のシューズを履くランナーに勝つんだという、ひん曲がったプライドすらあった。
しかし、去年、函館マラソン前に、
ついにアシックスのメタスピードを購入。
最初こそケガをしたり、
今までのシューズとは明らかに違う感覚に
違和感を覚えたりしていたが
徐々に慣れてきて、今やひん曲がったプライドは、
どこにも見当たらなくなった。
『あれも欲しい、これも欲しい
もっと欲しい、もっともっと欲しい』
そして、ついに厚底シューズの先駆け
ナイキのシューズを先日手に入れた。
購入したのは、トラック用スパイク。
ドラゴンフライ2である。
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シューズが家に届き、箱を開けた瞬間、
眩いばかりの、そのフォルムに心臓が高鳴った。
色はエレクトリックカラー。
ウルトラ怪獣エレキングを思わせる黒の斑点が
ショッキングオレンジのベースにちりばめらている。
「イカスう~」
思わず中年の口からこぼれる死語の感嘆詞。
結局お前もナイキかと言われるかもしれないが、
私はもともとナイキのシューズを履いていた。
レースではナイキのスピードレーサ一択だった。
だから、足に合うのは間違いなかった。
トラックに行くのも待ちきれず
家のフローリングの上で履いて歩いていると
「何よそれ」と妻に見つかる。
あまりのうれしさに
妻に承諾を得ずネット注文したことを忘れていた。
「いや、あのそのお。
・・・もうこれが人生最後のスパイクやから。」
我ながら秀逸な口説き文句だったと思う。
妻も、私が余りに不釣り合いな
ショッキングオレンジのシューズを
無邪気に履きまわっている姿を見て
不憫を感じたのか、
「それ誕生日プレゼントやからね」
と台所に帰っていった。
シェイクダウンは秋のシーズンの初戦ディスタンスタイムトライアルである。
ウォーミングアップを終えシューズに足を通す。
思った通り、フィッティングはばっちりである。
紐を締めると足全体を覆い包むように
ピタッとはまる。
この感覚がナイキだ。
アシックスのメタスピードもいいが
私の脚の形には少し余裕がありすぎて
フィット感はナイキのシューズの方があっている。
トラックレースのスタートラインに立つと、
これから訪れるキツさを想像してしまい、
いつも憂鬱になるが、今日はこのシューズが
どんなパフォーマンスを見せてくれるのか
楽しみな方が上回っている。
こんなオヤジがこんな派手なシューズを履いたら
目立つだろうなあと心配していたが、
スタートラインに並んだら
この最新のシューズを履いている学生が
何人もいて、まったく杞憂に終わった。
それはそれで「なんやねん」という感じである。
自己顕示欲というのはやっかいだ。
大事なのはカラーで目立つことではない。
走りで目立つことだ。
親指で鼻をこすりスタートラインにつく。
(燃えよドラゴン!)
1000mを2分58秒。
なかなかのペースだが目一杯行っている感じはない。
春の世田谷記録会の時よりも速い。
これがドラゴンフライ2の実力か。
2000mは6分00(3分02秒)。
ちょっときつくなってきたが
乳酸があふれ出すぎりぎりの所で
こらえている感じで周回が進む。
3000mは9分04秒(3分04秒)。
5000mのレースのきつい所である。
世田谷記録会の時は、まだ余裕があったが
今日はここで余裕がなくなった。
レースも動き14分台を目指すランナーが
ペースを上げていく。
ここでこらえなければ、
ここまで良いペースできたのがふいになる。
必死で足を前に投げ出す。
それに応えるようにドラゴンフライ2が
炎を吐き出す。
龍のようにのたうち暴れる上半身。
いつもは、こうなると力が分散して
ペースがガクッとおちるのだが、
その散らばろうとする力を
なんとかかんとかかき集め
前に進む推進力に変えようとしているのは
ドラゴンフライ2のおかげのような気がする。
プレートのいい場所にのってさえすれば、
少ない力でも前に進む推進力が担保される。
そんなシューズだ。
4000mを12分12秒(3分08秒)。
体はかなりきついが、ちょうどいい集団があって
顔色をみると、みんな同じようにきつい。
みんなあと2周半が「長いなあ」と思っている顔だ。この集団で我慢していれば15分30秒は切れそうだ。
残り1周を14分7秒で通過。
残り1周を72秒で帰ってくれば15分20秒が切れる。集団のスピードが上がる。
若者たちのラストスパートの切れについていけない。
しかし最後まで、ドラゴンフライ2は
オッサンの踏ん張りに答えてくれる。
燃えよオッサン!
最新のシューズと
使い古されたランナーの脚の取り合わせは
奇妙なコントラストを描きながら
ゴールラインを越えた。
15分18秒。シーズンベスト。
いや、さかのぼれば50代、40代、更に言えばOver35代のベスト記録である。
もちろんこれはシューズの恩恵が大きいが、
それ以上に新しいシューズによって
ハードなトレーニングに再び向き合わせてくれようとするモチベーションアップの恩恵が更に大きかった。
せっかくこのシューズを履くのだから
しっかりトレーニングしなくては
という気持ちにさせてくれる。
これが一番の効果なのではないか。
そして中学生の時、
始めてターサーF1を履いた時の
走ることの楽しさを思い出させてくれた。
なんの迷いもなくどこまでも行けそうな気がした
いつかの少年のように。