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書く事がすきなじぶんを分析してみた

みんなは日常的に文字書きますか? 書く、というか 打つ、のほうが今は主流なのかな?
べつにカッコいい文章である必要はなくて、誰にも見せないノートやメモに気持ちを殴り書きするとかそんなのでいいです。

わたしはしょっちゅう文字を書く。たぶん毎日。
脳みそで処理しきれる情報量には限界があるから、日記にしたり、ToDoリスト作ったり、もやもやを書き出して整理したり、とにかく目に見えるようにいったん外に出すと安心できる。
わたしの脳みその容量が少ないのか、入ってくる情報が多いのか、外に出さずに抱えておくとほんとうにすぐ爆発してしまいそうになります。
ワーーー!って叫びたくなる。

だからわたしにとっての「書く」は、誰かに読んでもらうためではなくて、じぶんがじぶんでいられるように、じぶんの心地よさのために書く。
発信するときも、じぶんの気持ちや衝動をだいじにして感じた事をそのまま書きたいし、嘘がないようにする。わたしのことばで書く。

それでもスマホに向かって文章書いてるときは、どうしても第三者が介入するというか、誰かに読まれる前提の文章になる。
今までじぶんの中だけでとどめていたものを最近はこうやって発信するようになって、
ありがたいことに、ことばえらびや言い回しを好きだと言ってくれたり、共感してもらえることも増えた。すごく嬉しい。

そうなると、どうすればもっと多くの人に見てもらえるのか とか、戦略みたいなものを考えたりもする。
例えばテーマを決めて発信するだとか、ターゲットを定めるとか、そんなような答えに辿り着くわけなんだけど。
それだとわたしにとっての「書く」ではなくなる。

テーマを定めないことがわたしのテーマで、いつだってじぶんの気持ちに正直に、嘘のないことばに共感してもらえるのが嬉しいから。

たぶんこれからも、とりとめのない、脳内で繰り広げられるじぶんとの対話みたいなものをわたしは書き続けるんだと思う。

ひとりのにんげんの、脳みそを、ちょっと覗き見するくらいのかんじで ふわっと読んでくれたら

✴︎ あとがき
やっぱりスマホに向かって文章書いてるときって、何回も読み返したり、じぶんでじぶんの書いたものを校閲しながら書いてるみたい。
ペンと紙・とくにルーズリーフに書き出すときが、いちばん嘘がない。捨ててしまえるほうが、本音で書ける。
こんなの発信してなんの意味があるんだ?と思うときもあるんだけどね、それでいいの、創作なんて。歌も絵も写真も、じゆうで、自己満足で、
それでもこうやって読んでくれるあなたに届いた。じぶんを救うことが、だれかにとっての救いになること、ぜんぜんあるよ。( ◠‿◠ )

また覗きにきてね、♡

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