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カップルの別れ話を隣の席で聞いた人の小説
雨の日こそ外に出て、カフェで作業するのが気持ちがいい。雨なのに外に出ることができたという事実が人生に達成感を与えてくれる。無論僕は晴れでもこのカフェにいる。
何をするわけでもない、ただパソコンを開いて仕事をしているフリをして色んな人の話に耳をすませる。
今日僕の隣に座ったのは若いカップルだった。
彼女の方が頼んでいたのはメニューに一番大きく乗っている凝った名前の長いナントカストロベリーフラペチーノだった。
彼氏の方は、、おそらくゆず茶?だった。
「俺と付き合ってよかったなって思ったことってある?」
「・・・「力水」を目の前で買って飲める人だった。」
「何それ。飲み物?」彼氏が言った。
「そうだよ、あと親知らず抜いた帰りに乾涸びてたヤモリ埋めたことあるでしょ?その時にありがとう。って言ってくれたこと。」
「そんなこと言ったっけ」と彼氏がまた言った。
「うん、言ってくれたの」彼女が少し涙声で言った。
カップルは10分程たわいもない話をしていた。どうでもよかったので聞き流していたら、
「じゃあここで!」といきなり彼女が先に席を立った。
彼氏の方はずっと楽しそう、というか、特別何も考えていなさそうにゆず茶のそこに沈んだゆずをスプーンで持ち上げては溶かしたりして遊びながら「そっかあ」とだけ言った。
彼女が見えなくなるまで手を振り、彼女も角を曲がりこちらのカフェが見えなくなるまで振っていた。
元彼氏は彼女の振られた手が見えなくなった途端泣いていた。
「力水を目の前で飲める人」
なんてわかりづらい確かな愛情表現なんだ。
僕もそんな人と一緒に過ごしたいと心から思った。
見た目ではない、おしゃれな、でもない。
そして彼女も素直でいることに対して向き合っていた。
隣の元彼氏は底のゆずシロップまで全部かき集めて飲み干してから帰った。
綺麗に平らげられたナントカストロベリーフラペチーノとゆず茶を見て、僕ももう帰ろうと思った。
今日は力水を買うしかない日だったが売り切れだった。