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リンパ節生検の結果を聞きに行った時の話。


術後初めて湖で泳いでみました。

オランダ在住シングルマザーのはなcomです。

胸が片方なくても可愛い♪と思える水着を見つけた私はラッキー!
傷が染みる事もなく楽しい一日過ごせました。


ヨーロッパのメルカリで3euroだった。



リンパ節生検の結果を聞きに再度診察へいく。この日はめちゃくちゃドキドキして前日は眠れなかった。
病院へトラムで向うが、胸の傷がトラムが揺れる度に痛む、、、
何かあったらホルモン治療など長期戦が提案されるだろう。

「リンパ節生検 陽性」「ホルモン治療」などなど医者へ聞けばいいのに自分で日本語で検索が道中止まらなかった。

病院に向かって受付をし、先生に呼ばれるのを待つ。オランダは春休みが明けて病院はどこも人でいっぱい。

この病院は「癌センター 」と呼ばれるところで患者は何かしら体に腫瘍や疑いがあって来ている事になる。

改めて多くのがん患者がいることにびっくりする。私が非浸潤乳がんになって周りへ公表した時、様々な人が私へ身内の話を告白してくれた。

「友人が乳がんで治療いるんだ。」
「母親が乳がんで手術したんだよ〜」
「私も実は腫瘍があって昔手術したんだ!」

手術を決断してから真っ暗闇で孤独と戦っていた私は戦っているのは一人じゃないんだな〜気持ちホッとしたのを覚えてる。

痛みは時にして人と同志の繋がりを感じれるツールの一つなのかもしれない。

色んな気持ちが巡る中、誰かが私の名前を呼んだ。

あぁ!!!

病室で一緒の部屋だったイラン人の女性と再会した。(名前がニナ)

退院の日はタイミングが悪く連絡先を交換できなかったのを少し悔やんでいた私は嬉しくて大きな声で彼女の名前を叫んでしまった。

病院内に私の声が響く。。。(すみません。)

「元気だった?」

手術室で会った時よりも明るくキラキラして見える彼女をみて元気が出た。

彼女も検査結果を聞く日だ。

彼女とお互いの術後の経過をシェアし合っているうちに担当医が私の名前を呼んだ。

担当医に術後の経過を説明し彼らに傷を見せたら、彼ら曰く順調に回復に向かっているようだ。

そして生検の結果。

医者:「幸いな事にリンパ節に到達していなかったです。
だけどリンパ節の1mm手前まで進行していました。手術前にエコーで見た時は4cm四方だった悪性石灰が手術であけて見たら9cmまで広がっていました。全摘を選択して正解だったと思います。
私たちは左胸の乳腺を全部切除したのでホルモン治療も放射線治療も現段階では行わなくて大丈夫です。」

私:「本当ですかっありがとうございますっ!!」

先の見えない暗闇からパーっと光が見える状態とはこういう事なんだろうな。涙が出てきた。

エコーでみた時より胸を開けたら実はとても大きかった。という話は身内の経験談でも聞いていたので私もその一人だった事に驚いた。
何よりも切っておいてよかった。
担当医へお礼を言い部屋を出ると次はニナの番だった。

私:「全部取れてた!ホルモン治療も放射線治療もしなくていいって。」

ニナ:「めっちゃよかったじゃん〜私も後から結果連絡するね!」

※後日彼女も無事完治。治療しなくてもいいと喜びの連絡がきた。

今後は経過観察が後1回それが済めば1年に1回乳がん検診に来てくださいとのこと。

大きな山場は一旦越えたみたいだ。

これからは国際離婚の手続きや部屋探しに集中するぞ。

どんどん暖かくなってきたオランダの天気と一緒にやる気と希望に溢れていたのだけど色々まだまだ試練は続く、、、

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