2022 広島東洋カープのベストゲーム

　2022年シーズン、広島東洋カープは５位に終わった。残念な成績ではあったが、今年もシーズン中、試合のある日は本当に楽しかった。

　ニュースのスポーツコーナーで、今年のベストゲームは？　という質問が各チームのファン100人にされていた。
　カープのベストゲーム１位は８月６日のピースナイターであった。
　今年、多くのカープファンが「まさか」と叫んだであろう大ニュース、秋山 翔吾選手の加入。その秋山選手がマツダスタジアムで初のサヨナラタイムリーを打った試合である。

　だが、多くのチームの１位が100人中40人、50人と票を集めている中、カープの１位は20票代にとどまっていた。

　票が割れた理由はよくわかる。
　ピースナイターは劇的なサヨナラ勝ち。１位に異存はない。
　７月15日から17日にかけての東京ドーム三連戦、これもまさかの同一カード三試合連続グランドスラム。これに投票した人もきっといたに違いない。そのうちの二試合を私は現地で観戦できた。そこで今年の運を使い切った気もする。

　だが、私の選ぶベストゲームはそのどれでもない。
　７月23日神宮球場、ヤクルト戦。
　この試合のスコアは15ー3、カープの快勝であった。だが、ベストゲームである理由はそこではない。
　この日、神宮球場をもっとも湧かせたのは、先発の森下投手でも、本塁打を放った秋山選手でも會澤捕手でもない。今年の野球界を象徴するヤクルト村上選手の本塁打でもなかった。

　８回の表、代打で打席に立った白濱 裕太捕手である。

　実はその日、私は神宮球場に観戦に行く予定であった。やむを得ない事情が発生し、悩みに悩んだ末、現地に行くことをあきらめてテレビ観戦に切り替えていた。
　「代打 白濱」がコールされた瞬間の三塁側カープファンのどよめき、からの大歓声。ああ、何とかして行けばよかった。あの中に身を置きたかったと後悔した。

　白濱捕手のことを他球団のファンに説明することは難しい。もしかしたら、彼のような選手がいる球団もあるかもしれないが、どの球団にもいるという存在ではないと言い切れる。

　私は親しみを込めて白濱さんと呼ぶ。

　にわかファンの私は、三連覇より前の白濱さんが１軍に出場していた頃を知らない。白濱さんを知っている時点でもうにわかではない、と夫は言ってくれるけれど、三連覇以降しか知らないのはやはりにわかだと思う。

　私が知る白濱さんは、２軍の選手である。年に一度あるかないか、１軍の捕手にアクシデントが起こった時に第三、第四の捕手として登録される。そのまま出場なく、２軍に戻ることも少なくなかった。
　2003年のドラフト１位、広島の名門広陵高校出身ながらも打力が弱く、１軍に定着することはできなかった。しかし捕手としての評価はとても高い。
　実際に、緊急交代となった試合でも難なく役目をこなす姿は、素人の私が見ても凄いと思わされた。なにより格好良かった。

　その緊急交代を見て以来、私は白濱さんが１軍に登録されると、マスクをかぶる姿をいつも期待していた。

　あの日、８回の表。スコアはすでに15ー3となっていた。試合に絶対はないが、今日はさすがに勝てるだろう、そう思っていた。
　それでも「代打 白濱」は予想だにしなかった。

　その打席、白濱さんのバットにボールが当たった。一瞬ヒットだ！　と湧いた人は、きっと私だけではなかったと思う。だが打球が高く上がり外野フライが濃厚になってくると、私は一秒でも長くボールが空中にとどまってほしいと祈った。

　センターフライとなった後、カメラは猛ダッシュでベンチ裏に駆け込む白濱さんの背中を映してくれた。テレビ観戦でよかったかも、と思えた。
（白濱さんを知らず、「すごい人気ですね、誰ですか」と言っていた解説者には閉口したが）

　この試合を１位に推したファンもきっといたと思う。

　その後、４試合に出場した白濱さんは捕手としてその素晴らしい実力を披露してくれた。８月４日の横浜戦は、雨天でノーゲームとなってしまったが、先発の九里投手は４回途中までパーフェクトであった。
　今シーズン、ロッテ佐々木投手の完全試合をはじめ、ノーノーも複数試合、各チームの投手陣が躍動していた。もしかしたら九里投手もやってくれるかもしれない、そんな思いを抱いた。
　あのピッチングを引き出したのは白濱さんだ、と言う人も多かった。だが、九里投手の次の登板も白濱さんに受けてほしい、という私の願いは叶わなかった。

　今シーズンで白濱さんは引退する。以前、自分から引退することはない、と語っていた通り、戦力外通告からの引退だった。
「引退試合ではないかというくらい拍手をいただいた。うれしかった」
　７月23日のヤクルト戦をそう振り返っていた。
　あの大歓声は本人にちゃんと届いていた。

　あの日、神宮球場には行けなかったけれど、テレビの前で球場のファンと同じく、「代打 白濱」に湧き拍手を送った。
　間違いなく、今シーズンのベストゲームだと私は思う。