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英読書会-夏目漱石「虞美人草」

夏目漱石「虞美人草」(1907)読書会の記録(2019/4/3)
参加者:英、SHさん

●漱石、職業作家として初めて新聞に連載した小説。気合い入ってたっぽい。
●前半、長い(また…笑)。中盤から展開し、面白くなる。
●漱石、山登りしながら会話したり物を考える場面が多い(草枕、二百十日などこの時期に書かれた小説にのきなみ登山シーンがある)
●誰目線で書かれたのかちょっと謎。主人公の男性3人を「さん」「君」づけしている。
●「家」というものが描かれている。藤尾の母の権力の強さ。(永井荷風の「濹東綺譚(ぼくとうきだん)」という小説にも母親の家での権力の強さが描かれている)。結婚というのは当人同士の問題ではないので、家や親をからめなくては進められない時代。誰が家を継ぐ、嫁に行く、婿を取る、親の世話をする、などと切り離せない。現在だったら、「本人同士が愛を確かめ合えばいいじゃないか!」となってしまうけど。
●「家」の絡み方は、現代の日本人からしても少し理解でき、それがゆえの「気持ち悪さ」がある。外国の文学でも家のしがらみの物語はあるが、比較的客観的に見ることはできるが、虞美人草は日本ゆえの「家」問題なので、時代を超えて読む人が自分の問題としてひっかかるものがある。それが読み継がれる所以かもしれない。
●「草枕」のヒロイン那美と、藤尾のキャラクターかぶる気がする。アーティストで教養があり、男性に対して対等に会話し時にもて遊ぶこともできる。草枕では那美はオフィーリア、藤尾はクレオパトラと、シェイクスピア作品のヒロインになぞらえられている。悲劇の匂いがする。
●漱石さんの女性観。漱石の奥さんも良い家のお嬢さんだったので、背景にある家の強さに頭があがらなかったところもあったようである。彼女自身も少し変わったところのある女性だったようなので、影響を受けていそう。
●女性3人を単なるヒロインではなくかなり性格を描き分けている。糸子のような家庭的な女性と、藤尾のような教養ある女性、それぞれに悲しいところがある描写。現代でもこういうのはある。
●20世紀初期という時代の移りを敏感に感じ取っている。古い時代・価値観と、新しい価値観とが様々な対比となって現れる。京都と東京(京都は古さの象徴にされてる…)、服装、列車、博覧会。
●この時代の人々は、古い価値観と、変わりゆく新しい価値観との境目の世代。それゆえの迷いや苦悩が描かれている。
●漱石、複雑な恋愛問題好きやな!
●甲野母に対して最後に糸子が「家を出させてあげて」とたんかを切るのは、センセーショナルだったのではないか。糸子はキーパーソン。新しい価値観の象徴。家に対する個人を叫んだ。
●もうちょっとうまくいったんじゃないかな?と思っちゃう。宗近くん余計なことしてない?現代だったらみんな誰かとくっつけてあげたら上手くいくんじゃない…?とつい思う。
●その後の小野さんと小夜子さんは大丈夫なんだろうか!
●藤尾が死を選んだ後のラスト、19章に物語の要点が集約されている。兄・甲野さんの日記。生きていることが良しとされるのが新しい世代の価値観。しかし、藤尾の死は自分の愛やプライドに準じた自死。自死することを潔い偉大なこととする価値観はまだあった。(近松門左衛門の心中物語でも、心中することがサクセスと受け止められていた)それは新しい時代には忘れられてゆく。「美しい死」を価値あるものとする見方から、次第に変わりゆく価値観。宗近くんのロンドンからの手紙「ここでは喜劇ばかりが流行る」の一言。漱石の後の作品「こころ」などでも死の問題が出てくる。生死、自死、に対する漱石の捉え方に注目して今後の作品も読むと、「虞美人草」で色々と出てきた問題点に帰れるかもしれない。
●でも、、もうちょっとうまくいったんじゃないかな…(ぬぐえない)

「虞美人草」
https://www.shinchosha.co.jp/book/101010/

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