寄付金を集められるインフルエンサーの影響力。人間は馬になったり、犬を銃殺したり。
人生で初めてインフルエンサーに会った。私はいろんなことに疎い。テレビを持っていないし、ウェブメディアも見ないし、敏感なアンテナも持ってないから何が流行っているのかも知らない。だけど、誰かにスポンサーがつく、ということは、その人に影響力があるからだ、というのは疎い私でも理解できる。
私が会ったインフルエンサーは、動物保護の活動をしている。ツヤツヤとしたダークな短髪にこぶしほどの超小顔、潤んだ瞳、落ち着いた所作、とても無口な彼女たちは、アビーとメイベルという美しい女性だった。
上の緑の首輪がアビー、下の赤い首輪がメイベル。どちらもレスキューされたグレイハウンドという犬種の犬である。
職業「ペットフルエンサー」という彼女たちは、自分達の影響力なんて知ったこっちゃないし、知名度も気にしていないし、セルフィーも撮らないし、税金も納めない。正確には彼女たちと暮らす人間が活動している(そして税金も人間が納めているだろう)。
アビーとメイベルの人間たちと私は、スペインの犬の保護施設でボランティアを共にした。
アビーはアイルランドのドッグレース用に育てられていたが、故障によりお払い箱になった。幼少期からトレーニングを受けてきたけど、デビュー前に引退したというわけだ。幸いにもアビーは海を超えて、ドイツ人カップルの元へ引き取られた。
ドイツは動物の保護に熱心な国だ。以前、私がドイツに住んでいた時、ドイツ語クラスで会った移民の人が「ドイツの犬の権利は、私の国の人権より良いと聞いて来た」と言っていたのを思い出す(どこの国出身の人だったか忘れてしまったのだが)。
ドイツでは動物保護の観点からのビーガンの人々にもよく出会った。余談だが、ある時、ドイツのニュース番組で「ビーガン・ホース・ライディング」というものが存在することを知った。動物由来のものを使用しない、ビーガン乗馬である。
馬には乗らず、人間が馬になりきって、走ったり飛んだりする競技である。冗談だと思いませんか?
馬車と人力車みたいなものだろうか。いや、「ビーガン・ホース・ライディング」は、馬のていで、馬のぬいぐるみみたいなものを、股間に握りしめて走るのだから、もっと劇的だ。
とうてい本気とは思えず、そんなバカな、と思って見てみたら、やっている人たちは至極真剣で、なおさら私は驚いた。
「ビーガン・ホース・ライディング」の正式名は、「ホビー・ホーシング(Hobby Horsing)」である。
こちらのニュース動画はドイツのものだが、ホビー・ホーシングはフィンランド発祥のスポーツだった。さすが、架空の生物ムーミンを生み出したり、サンタクロースが居住する国だ。想像力豊かで熱心な人々に感心する。
その一方で、命への想像力が豊かとは言えない人々がいるのも、残念ながらこの世の現実である。話はドッグレース用に育てられた犬アビーに戻るが、アイルランドからドイツに救われた彼女のように、幸せな結末にたどり着かないグレイハウンドも多い。
アビーがいたアイルランドでは、年間5987頭のグレイハウンドが、足が速くないから、パフォーマンスが低下したから、という理由で殺されているという(参照:RTE, 2019年)。
また、BBCニュース(2007年)によると、デイビッド・スミスという57歳の男性は、10年以上に渡り引退したグレイハウンドを銃殺してきて、その数は1万頭にのぼるとされるが、彼が課されたのは「ゴミを違法に遺棄したこと」に対する罰金、つまり、ゴミ=犬の死体を許可なく埋めた、ということだけの2000ポンド(約40万円)だけだった。
使えないから処分されるうえに、殺した人が罪を問われないなんて、ロシアの反プーチン派要人が次々謎の死を遂げるくらい、恐ろしい話だ。アビーは殺される前にドイツに亡命できて幸運だった。
日本ではドッグレースは馴染みがないだろう。ドッグレースは“スポーツ”という名のギャンブル。人間を楽しませるためのエンターテイメント、賭博として存在している。
昨今、いくらでも娯楽が選べる時代に、ドッグレースの残虐性は疑問視され、存在意義は失われつつある。商業レースが行われている国は、年々減少傾向にあるが、まだ10カ国残っている。
現時点でドッグレースが合法な国は、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランド、アイルランド共和国、ニュージーランド、オーストラリア、アメリカ合衆国、ベトナム、メキシコである。
アビーとメイベルが暮らすドイツでは、ドッグレースは違法だから行われていない。ただし、海外のドッグレースに賭けることは、違法ではない。まあ、世界はグレーなものだ。
ドイツ人カップル、アビーとメイベルの人間は、グレイハウンドの状況の改善のために活動しているなかでインフルエンサーとなったのだろうと想像する。今では数社のスポンサーがついている。
スポンサーから提供されている電気キャンピングカーで、ドイツからスペイン南部アンダルシアまで2200km以上の道のりを4日かけてやってきたそうで、この施設でボランティアをしながら、インタビュー動画や宣伝写真を撮影していた。
boschというドッグフードブランドが、10組のインフルエンサーに車とペットフードを提供して、インフルエンサーたちは電気キャンピングカーで自分の犬と旅をして、犬の保護施設で活動の様子をSNSに発信しながら、寄付を募るという趣旨のプログラムだ(参照:bosch Tiernahrung )。
今、企業の企画というものは、消費者に身近なストーリーとして訴えるものになっていて、宣伝広告費というのはこういうふうに費やされているのだなあ、と感心してしまう。美男美女やタレント犬に高額の広告費用を払う形ではないのだ。社会的に良いことが心に響くから、うちの子だけじゃなくて、社会問題の改善にも貢献したい、という飼い主の善意を刺激するのだろう。
ドイツに帰るため、インフルエンサーたちは朝7時半に出発した。私は人間も犬もハグをして、彼らのキャンピングカーが施設の門から出ていくのを見送った。
スペインを南から北へぶっちぎり、フランスも切り裂いて、また2200km以上の道のりをドイツまで帰るのだ。その道中も旅の様子やスポンサーとの約束を発信して、インフルエンサーとしての責務を果たしながら移動するのだろう。
インフルエンサーカップルは、スポンサーから2500ユーロ(約42万円)の寄付金を預かっていたようで、それを保護施設に贈呈する写真撮影もしていた(スクロールして3枚目の画像)。
さらに、彼ら自身でもフォロワーたちに寄付を募り、何十万円か集めていた。私はこの犬の保護施設の月額1ユーロの寄付メンバーになっていて、たまに緊急の募金を募られているときに追加で5ユーロとか10ユーロとか寄付するくらいで、本当に小さい。
一個人が、ちまちまとした寄付をする額と違って、やっぱりインフルエンサーの影響力はすごいんだなあと感心しながら、随時撮影や発信をし続ける彼らを見ていた。
このドイツからのインフルエンサーたちとボランティアした動物保護施設での体験もいくつか書いた。たくさんうんこ拾わせてもらった。読んでもらえると嬉しい。