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私のネジを締めてくれませんか

朝、鏡で自分の顔を見て、顔がさがってるなぁと思うことがあった。痩せこけてるとかではないのだけど、灰色で、傷んだ野菜みたいな感じ。

顔の筋肉がお婆さんのおっぱいみたいにシワっぽくぶら下がっている。

肩と背中がお婆さんを担いで山を越えたのかなというくらい痛い。

飲まず食わずで、お婆さんに脅されて辞書を最初のページから最後まで読んでいたくらい(そんなことしたことないけど)頭が重たい。

夢の中でお婆さん集団と綱引きでもしたのかなというくらい、指を動かすとメリメリする。就寝中に手が強く握りしめていたようだ。

おかしいなぁ、朝って充分に休息したあとで元気になってるはずじゃなかったっけ。そう思いながら、家を出て歩いていると、トランペットのような短く大きな破裂音が私の下腹部から聞こえた。

頭がぼうっとしていて一瞬何が起こったのかよくわからなかった。けど、紛れもなく大きな音だった。

もう私は無意識に肛門を閉じて歩くことさえできないらしい。

靴のキュキュとなる音とか、カバンが壁にぶつかったとか、何かでごまかすこともできない明解な破裂音だった。

ここが野良猫とかカラスしかいないような荒れ地だったらよかったのだけど、通勤中の人が周りを歩いていた。

だけど「やだわ、恥ずかしい、私ったら」とか思うこともなく、自分の肛門の筋力のなさを鼻で笑いながら歩みを進めた。

私の羞恥心は、どこかの空き家の中の椅子にロープで縛り付けられて、口にガムテープを貼られているのかもしれない。

前にカフェの中庭で、イギリス人かなという中年カップルが静かに座っていた。1人はガイドブックを見て、1人はスマートフォンを操作していて、よくある旅行客の様子だった。周りに人はおらず、そのカップルと私だけだった。

突如、法螺貝を吹くような力強い音が響いた。

戦さか?私はびっくりして音のした方向に視線を向けたら、先ほどのカップルの男性が手元のスマートフォンに目線を落としたまま「エクスキューズミー!」と大きくはっきりと言った。

向いの女性は顔を上げないし、何も言わない。クスッと笑ったり、「ちょっと、やめてよ」とかもない。

大きな声で謝罪を発する男性(でも顔はあげない)と無反応な女性の対比が印象的だった。

信頼、受容、慣れ、諦め、自然、無関心、どんなことがそこから読み取れるのだろう。

ところで、彼の法螺貝と私のトランペットはずいぶん種類の違うものだと思う。彼のはリラックスで私のはネジが緩んだような感じ。変な例えかもしれないけど。

誰か私のネジを締めてくれませんか。

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