貝殻を握る
おばあちゃんの病室は、パン生地に包まれたみたいにやわい光に溢れる部屋だった。アイボリーのつるつるしたカーテン越しに射す、午前10時の明るさがお気に入りだったらしい。
病室を抜け出してからは砂浜を歩く時間になった。わたしが知らないころのおじいちゃんの話をしながら3分ほど歩くと、おばあちゃんはしゃがみこんで貝殻を拾う。
いつもと同じように嬉しそうに手のひらで貝殻を転がしながら、おばあちゃんは同じ調子でこう口にした。
「若いころはね、もっと早く死ぬってさだめられてる気がしていたのよ」
おばあちゃんの口から自分の死について語られたのは初めてだった。思わずスニーカーの中で指先を丸めた。足下で砂が鳴る。砂を握ってるはずなのに、ふわふわした心地がした。
「おじいちゃんのところは厳格だったからね。めまぐるしかったわねえ……」
おばあちゃんはなにかを数えるように指を折る。わたしは急に恥ずかしくなった。おばあちゃんはきっと、おじいちゃんの家族になにを言われてもその場に居続けたのだ。
でも、高校に行けなくなったわたしを自分の病室に呼んでくれたのもおばあちゃんだった。
「もっと先に死があったからね。だからいま気づけるのが楽しいの。貝殻が、こんなに複雑な形をひとつひとつ作ってたなんてね」
ほら、このギザギザを触ってみて。
受け取った乳白色の貝はすこしも刺々しくなかった。