こうめだせら

すきなものをすきといいたい。この宙のどこかで物書きっぽいことをしています。

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からっぽの音

 線路沿いを帰っていた。  からから、からから。  歩くたびに音がする。足元じゃなく、耳の奥。頭の中でラムネが跳ねているみたいだった。 「からっぽの音ですね」  振り向けば幼い女の子が大きなビンを抱えていた。夜も深いのに、ひとりで。    からから。  からっぽの音というのは、たしかにそうかもしれない。きょうは、いつもより難しい問題をずっと考えていて、少しくたびれていた。 「あなたの音、ください」 「……なんで」 「がんばったひとの音なので」  口を引きむすんでいたけれど、ど

    • まず締め切りがある、そうだ。上司に聞いた。 曰く、こうだ。 まず締め切りがあり、それから後工程のことを考える。後工程を踏まえると、この時間までにブツがなくてはならぬ。ならばそれまでにできることをやる。以上。ねばったらもっといいものになるかもしれないとはあたまを過るが、それよりもただ唯一の締め切りがまずあるのだという。 とりたてて、ここまでにやらなければならないからこの作業はここまでで、というのはないらしい。それはわたしも同じだし、なんならわたしはその境目を意図的に消して

      • 眼鏡を新調しようとしている。 何年ぶりかもよくわからないけど。 その昔は、バスケットボールをしていたのでしょっちゅう眼鏡をぶっ壊し、適当にネジを巻いて直したり、もうどうにもならないからレンズはそのまま買い直したりしていた。ただ視力が悪化しただけのこともあった。さっぱりボールに触らなくなって、そういうのはぜんぶ止んだ。その後、一度だけ買い替えたのがいまのスクエア眼鏡。正直、なじみまくってはいる。 今回は、べつに壊れたわけでも視力が悪化したわけでもなくて、わりとただ単に、要す

        • しかく

          日曜にはNHK将棋が流れる。 わが家のテレビのことだ。わたしがつけているわけではないので、もっぱら流し見をしている。 先の日曜も例にもれず、NHK杯トーナメントの一戦が流れていた。女流でよく名を聞く里見女流四冠と、今泉五段の対局。NHK杯のことは、早指しであることくらいしかわかっていない状態で見ていたのだけれど、かなり、そうかなり面白かった。 わたしにとっての将棋は「たぶん面白いんだけどあんまりわからないもの」で、3月のライオンは大好きで単行本も買っているし、2回くらい

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        • 掌編
          13本

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          藍の蜂

          夜の入り口で、藍が目の前をよぎった。ざらざらと背すじをざわめかせる羽音。ぶ、ぶ、自分だけが知る、濃紺の蜂。帰り道に夜を連れてくる細い紐は、アイツ自身には見えないようだった。糸がその胸に仕舞われるさまを見ていれば、「なに、みてるの」と眉根が寄る。 「べつに」 言ったところで、信じないだろう。自分が夜をちらつかせているなど。アイツの心臓の真上からはまだ蜂の羽が半分見えていて、ぶ、ぶ、と鼓動のように音が聞こえる。溺れて、もがいているような音だ。 「……教えてよ」 太陽が沈み、あ

          たちのぼる

          どの媒体(メディア)がすきか、と問われると「映画」だととっさに思う。名作を知っていることや、映画の内容を語り合いたいとかとは全く別の次元(もちろんそれもしたい)で、わたしは映画という「媒体」がただ好きだからだ。(ジャンルとしての)映画好きといえるのかはよくわからないのだが、媒体としての映画は愛してやまないと胸を張って言える。 体験としての映画が好きだから、お金を払おうと思う。できればおもしろくて熱くなれるものがいいけど、わりとどうでもよくて、それはなぜかというと、映像を追い

          はつなつ

          初夏に松ぼっくりを見た。 花をつけていたそぶりすら消えた桜並木の下に、わらわらと落ちていた。 初夏の、松ぼっくりだ。 すこしだけ、ふちが白ばんでいる。乾いているのだろうかと思って、欠けていたひとつを踏みしめた。履きなれたローファーの裏で、ぱりぱりと音がした。固かった。 それから少し脇の道を歩いて、電柱を優に越える高さまで伸びた背の高い松の木を見た。「カラスに注意」と括られた松の木とわたしの後ろを、カラスが通り過ぎる。 また少し進んで、歩道に覆い被さる大きな松の木を見た。

          あこがれ

          憧れのことを考えるのがすきだ。自分が憧れていることそのもの、ではなく、「憧れ」が生み出すなにがしかの感情のことをよく考えている。それはすきなキャラクターの関係性のこともあれば、創作のこともあるし、自分自身のことだったりもする。 感情を載せる(一面のある)短歌でも、しばしば憧れを焼くか、憧れに焼かれるかしている(たくさんは投稿していないけれど)。焼いたり、くべたり。くべる、も焼べる、焚べると書くので焼いている。このまえは捨ててみた。捨ててみたというよりは、捨てられていたものに

          すみれ先輩を待っている。

          青と紫が移りゆく中で、すみれ先輩を待っている。 市民公園の古ぼけたベンチで、少し重い端末を握って、風に揺れるブランコを見ていた。どうせあの人は遅れてくるのだ。そして、もうすぐ。 『みて、薔薇だよ。あとふた月くらいで咲くかな』 震える端末に、芽生えたばかりの薔薇が映る。美しく整えられた丸い枝。きっと、先輩の家から出て直ぐの大きな大きなお屋敷だ。あそこは、むかしから腕の良い庭師がいるらしいから。 『写真、また指入ってますよ』 メッセージを送れば、返信はすぐにきた。 『急いでたんだ

          すみれ先輩を待っている。

          くらげが眠る、ほんの少しの白昼夢で

          冬の澄んだ空気が空をどこまでも伸ばす。虹色に染め上げられた雲はオーロラのようで、だから幼い時分のきみに出会えたのだと思う。「つれてって」校門の角にできた雪山の隣。座り込んだちいさなきみが赤くなった頬で言うから、僕はその日、ついぞ門をくぐらなかった。 「ほんとはね、くらげが眠るとこを見たかったんだけど」たどり着いた水族館できみは、冷たい水槽に額をつけた。それは僕たちの繋がりが終わる前にきみが嬉しそうに教えてくれたことだから、僕は幼いきみが17歳であると知る。でも、握ったま

          くらげが眠る、ほんの少しの白昼夢で

          「行先同じ旅人」によせて。ヒーローズライジング感想

          すきなものをすきだといいたいわたしです。 ヒロアカがもともと大好きなんですが、映画2作目「ヒーローズライジング」に刺されてしまったので、幼馴染と、ヒロアカ全体に関連するあたりを中心に、思ったことをわりとそのまま、つらつらと書きました ※ゆえに映画と25巻までのネタバレがあります ※幼馴染のわかんない感じがすきです 考察したいのでしますが、わかんないなあといつも思っています 「てめえの夢もこれで最後だな」これ、幼馴染が互いに認め合った、印のようなセリフなんだね 文字通り

          「行先同じ旅人」によせて。ヒーローズライジング感想

          幕間にはホットココアを

           彼女が世界に置いてかれた日には、僕がシアターを組み立てる。  次の朝にはきっと雨が降る、そんな夜。  一枚の毛布と二枚の座布団。僕は季節外れの半纏を羽織り、瓦の上で待つ。傍らには、湯気を立たせるマグがひとつ。    街は、とっくに深い藍色の海に沈んでしまった。午前三時に残るのは、薄く色づく電灯と、ときおり響くエンジン音だけ。僕は灰色の雲のふちを視線でなぞり、今日の〝ひみつ〟を考える。僕と彼女の宇宙のひみつを。    しばらくして、みしりと瓦が窮屈そうな声をあげた。夢の世界か

          幕間にはホットココアを

          幻燈の舞

          はじめにこれは、わたしが数年前、建築学科の卒業制作の一環で作成した小説です。テーマは「メディア(媒体)としての建築」―小説を建築で表現することに挑戦した作品でした。モチーフは「宮沢賢治の世界観」。彼の作品を読み、それをひとつなぎの空間に落とし込むために、このnoteに載せた小説を書き、それを建築の形に再翻訳しました。小説と建築を合わせて、一つの作品です。 物語は、現代に生きる主人公が、宮沢賢治とゆかりある「菊坂」から「宮沢賢治の世界(本作の建造物)」へと迷い込み、建物を歩き

          寂寥

           連れられた路地裏は薄暗く、敷き詰められた水色のレンガは色味を無くしていた。繋いだ妹の手の温もりだけが生を残す。  母さんは僕にペンを、妹にまっさらなノートを渡して去った。 「その先に、大人は入れないのよ」  嘘を言い残して。  あなたが振り返りもせずに消えたことを、僕は知っている。    路は急傾斜だった。  一分も下りると、真横を過ぎるものが変わる。団地を、教会を通り過ぎて、電灯の立ち並ぶ路を行く。水の音がせわしなく響いていた。河でもあるのだろうか。 「言葉を落として進も

          境界を引く

            「時折、きみとおれが一つだったみたいな錯覚に陥るんだ」  聞こえた声に、鉛筆を削る手を止めた。突拍子もないことを言った部長は、穏やかな顔で藍色の絵具を溶かしていく。    夏休み初日の今日、朝から部室にいるのは自分たちだけだった。遠くに吹奏楽部が同じパートを延々と演奏するのが聞こえる。繰り返される一ヶ月と少しの幕開け。部屋は蒸すように暑い。部長が開け放った窓からは、ただただ生ぬるい風が入ってくるばかりだった。 「そう思ったことはないか?」  部長の手が次の絵の具に

          終演

           彼女は、ぴかぴか光る木製の什器に感情を飾っていた。  完成された人間として振る舞うのを、俺はスコープ越しに眺める。    木目のタイルが敷かれ、什器だけがぽつりと残される簡素な部屋。棚の後ろには、不似合いなマンホールが埋まる。その奥底、俺は銃を肩にかけて地下道の滑る壁にもたれる。  見世物にできなかった感情は、この道に眠る。不都合とラベリングされた感情は、腹を空かせて彷徨う。彼女が置き去りにした奴等を撃ち抜いて、俺は腹を満たす。    俺の名を、俺は知らない。      前