くらげが眠る、ほんの少しの白昼夢で
冬の澄んだ空気が空をどこまでも伸ばす。虹色に染め上げられた雲はオーロラのようで、だから幼い時分のきみに出会えたのだと思う。「つれてって」校門の角にできた雪山の隣。座り込んだちいさなきみが赤くなった頬で言うから、僕はその日、ついぞ門をくぐらなかった。
「ほんとはね、くらげが眠るとこを見たかったんだけど」たどり着いた水族館できみは、冷たい水槽に額をつけた。それは僕たちの繋がりが終わる前にきみが嬉しそうに教えてくれたことだから、僕は幼いきみが17歳であると知る。でも、握ったままのゆびは、あたたかくてまるっこくて。
きみといま手を繋いでいるのに夢だと思ってしまう僕を、今度こそきみは嫌いになるだろうか。
きみの真似をしてまるい水槽とくっつけば、瑠璃色が飛び込んでくる。淡く光る寒月たち。海の月はいくつも揺れて、僕たちを誘い込む。「一瞬なんだよ」きみに、月が近づく。「少ししか眠らないの」月が手を伸ばして、きみはプールにつかるような気軽さでアクリルを越えていく。離れてしまった手を、どうしていいかわからなくて僕は、僕はただきみが揺れるさまを見ていた。
穏やかに透き通っていくきみの、滲んだ瞳。アクリルの壁越しに僕の頰を包んだきみは、ゆっくり、眠るようにまぶたを落とした。そうしてきみが僕の唇をすくい上げて、ただの一瞬で瑠璃に還っていく。ほんの少しのまぼろし。生まれてはじめてのキスは、幼くて苦しくて、透明だった。
きみの声がとなりから居なくなって。終わってしまった白昼夢が僕のいくじなさをやさしく責めるから、どうしても涙をとめられない。変わらずに揺れるくらげは少しだけ、うとうとしている。
きみがそうしたように僕も目を瞑って、じゃあねと、ちいさく呟いた。