寂寥

 連れられた路地裏は薄暗く、敷き詰められた水色のレンガは色味を無くしていた。繋いだ妹の手の温もりだけが生を残す。
 母さんは僕にペンを、妹にまっさらなノートを渡して去った。
「その先に、大人は入れないのよ」
 嘘を言い残して。
 あなたが振り返りもせずに消えたことを、僕は知っている。
 
 路は急傾斜だった。
 一分も下りると、真横を過ぎるものが変わる。団地を、教会を通り過ぎて、電灯の立ち並ぶ路を行く。水の音がせわしなく響いていた。河でもあるのだろうか。
「言葉を落として進もう」
 僕たちに残された手段。以前から文字は僕たちの武器で、紙面は僕たちが母さんに侵されずに振る舞える唯一の雪原だった。そのことを、あの人は知らなかったのだろう。
 目まぐるしく移ろい行く景色を書き留める。
 いつか逆さまに辿って帰れると信じて。
 
 そのうちに、ほんとうにノートから言葉が転がり落ちた。
 レンガに溢れた僕の筆跡が黒く、黒くにじむ。
『一緒なら寂しくないよ』
 妹がはじめにつぶやいた言葉は、真っ青で鋭い矢尻となり、果てに消えた。
 きっとあの人を刺したのだろう。
 
 矢の行方を追って目線を落とすと、辿ったレンガは残らず水に変わっていた。
 
 いつのまにか、僕たちは河を渡っていた。


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企画「土曜日の電球」より
お題「兄妹」をお借りしています。

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