あの頃私たちは無敵だった
10代も終わりが見えてくる高校時代、私たちはいつだって無敵で、理由もない「無敵感」に包まれていた。
私は、東京西部にあった中高一貫の女子校に高校から進学した。「あった」というのは現在では共学化され学校名も変わってしまったためである。校則が厳しくて、膝下のスカート丈はもちろん染髪やメイクは禁止、髪の長さまで決められており、生徒はだいたい東京西部や埼玉県から通っていた。
中高一貫ということもあり、そこではすでにコミュニティが出来上がっており、そんな環境に飛び込んでいくのはなかなかに大変だった。最初の方は女子校という環境にも高入生という立場にも戸惑うことばかりだった。しかし、夏休み前にはそんな生活にも慣れ、その学校の生徒だというアイデンティティも自分の中で出来上がっていた。そんな頃からだろうか、「無敵感」が私たちを包み始めた。
朝電車に乗ればイケメンと運命的な出会いを果たし、少女漫画の主人公になれるような気でいたし、クラスでは仲の良い友人たちと口を大きく開け手を叩いて笑っていればいつの間にか1日が終わっていた。家に帰ってからもその日話し足りなかったことをLINEでいつまでも話していた。話題は別に大したことではない。最近流行りの俳優や好きなアイドル、芸人と付き合う妄想や先生のモノマネ、あるあるネタ、明日のテストが憂鬱だ、などとどれもなんとも言えない些細な話題たちばかりである。それでもあの頃の私たちは街に出れば絶世のイケメンと恋に落ちると信じて疑わなかったし、何を話しても面白くて楽しくてたまらなかったのだ。いわば、朝昼晩・春夏秋冬問わず世界は私たちを中心に回っていた。
だが、大学に進学し4年も経った現在、あの頃私に満ち溢れていた「無敵感」はいつの間にか枯れてしまっていた。私の大学は全国から多くの人が進学してくる大学で、その中にはその地域のトップ校から進学してくる人も帰国子女も多く含まれている。そんな環境の中で、自分の世界は無理にでも広げられ、そして自分の知らなかった世界を見せつけられ、「自分は特別じゃない」という残酷な現実を嫌なくらい思い知らされたのだ。こんな環境では、私の自尊心も自己肯定感も帰ってくる余地はなかった。(正確には1回だけあったのだが、このことについてはまた別の場所でお話しすることとする)
高校時代、私たちが持っていた「無敵感」を「井の中の蛙」という一言で済ませてしまうのは、あまりにも野暮で無粋で、何より当時の私たちに失礼だ。
あの頃の私たちは、何にでもなれる、そして周りの大人たちが羨むほどの無限の可能性を両手いっぱいに持っていた。教師にだって、医者や弁護士にだって、素敵なボーイフレンドに愛される女の子にだって、私たちはなれたのだ。
そんな周囲からの羨望を持つ無限の可能性と、たった3年間しかない短い高校時代という儚さこそが、私たちが持っていた「無敵感」の正体だったのではないか。今になって、ようやく気づいた。
そして、あの「無敵感」を持った最強の私に再び戻ることはできなくても、今こうして踏ん張っていられるのは「あの頃の私たち」が持たせてくれたあの頃の楽しい記憶のおかげだとも、今この文章を書いていて気づくことができた。
高校を卒業して4年も経つが、今でもあの頃の記憶は鮮明に残ったままだ。
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