「(ひとり)カラオケ行こ!」
テーマ「夏の思い出」※一部他の記事と同じ表現がございます
京都に下宿する大学生の夢とは何か。それは麗しき黒髪の乙女と鴨川デルタでキャッキャウフフすることに他ならない。この大願を成就させるためならば、サークル内での立場やわずかな貯蓄、少ない単位でさえ投げ出す覚悟であった。そんな他人様に到底言えぬ覚悟を決めた翌年、夢はあっさり叶うことになる。
鴨川デルタ――賀茂川と高野川が合流する逆三角形の地点。そこがギリシャ文字のΔ(デルタ)に似ているためそう呼ばれている。家族連れや大学生、外国人観光客などで常ににぎわっており、私が敬愛する作家、森見登美彦氏の小説において重要な舞台として度々登場する場所だ。氏はK大学農学部を卒業した後、小説家デビュー。作品の多くが京都を舞台としている。彼の作品の中で鴨川デルタは、ヒロインである黒髪の乙女が土手にあるベンチでビールを飲んだり、そこでサークルの打ち上げをする大学生たちを恨んだ主人公とその悪友によってロケット花火をぶち込まれたり、八面六臂の活躍をする。
中学生のころから彼の小説を読み、アニメを見ていた私は京都への、そして黒髪の乙女への憧れを募らせていった。京都に赴いた際は、必ず鴨川デルタに行こう。そこで黒髪の乙女を探すんだ。思春期を経て年を重ねるごとにその憧れは少しずついびつな願いへと変貌していく……。黒髪の乙女と鴨川デートしたい!!!
「鴨川デルタから西へ向かうとD志社大学を中心とした陽気な大学生集団が横行闊歩している。打って変わって東へ向かうと何を考えているか分からない顔をしてうろつく僕みたいなK大生の棲み処になっているんだ!とてもじゃないが鴨川デルタから西へは行けない……」
K大学に在学中の友人が言う。彼の話はベルリンの壁を彷彿とさせた。どうやら鴨川デルタを境にして西と東、まったく別種の大学生が生息しているようだ。ついでに僕の願いについて話してみた。
「モリミトミヒコ? 誰それ、映画監督??」
願い以前の問題であった。
閑話休題、ありがたいことに私には1年以上付き合っている恋人がいる、そのうえ黒髪。ではその娘を誘って鴨川デルタに行けば済む話ではないか、皆がそう思うであろう。しかしこの黒髪の乙女、森見氏の小説に出てくるヒロインたちに負けず劣らず、文学的で思想が強く曲者なのである。鴨川デートに誘うことすら容易ではない。
まず1人行動が好きである。喫茶店に行くときも、映画に行くときも、旅行でさえ基本的に同行を許してくれない。2人で出かけている時、カラオケに行こう! となる。一緒にカラオケ店に入るが、それぞれ別の部屋を取り、そこで同じ時間だけ2人でひとりカラオケをして店を出る。これが我々のカラオケデートである。私はすっかり慣れてしまったが、店員はそうはいかない。神妙な顔をする者、驚きを隠そうとしない者、何か深い事情があるのだと察したような顔をする者……。もはや私は店員の表情を楽しみに、この頓智気なカラオケデートに付き合っているといっても過言ではない。いつか2人で1つの部屋を予約したいものだ。 そして人混みが苦手である。大阪よりも京都、遊園地よりも鴨川、四条よりも七条。混雑の代表格であるユニバなどもっての外。私が友達とユニバに行った帰り、彼女の家に立ち寄った際、「ユニバ帰りの男とは一緒に寝たくない!」と危うく家から追い出されそうになった。人が多いところに簡単に行く人間のことも嫌いなのである。 彼女は世間一般から人気があるものも嫌いだ。BTS、Saucy Dog、鬼滅の刃、旧ジャニーズ主演の映画等々。そのくせ一般的大学生に大人気の酒、タバコ、麻雀をコンプリートしている。読者諸君、こんなキテレツな文章を書く私である。私が非喫煙者でありタバコを苦手としていることは火を見るよりも明らかであろう。しかし彼女は喫煙者なのだ。
話が大きく逸れてしまった。とにかく私はこの曲者を鴨川デルタまで連れ出さなければいけない。断られるのを前提に「出町柳の鴨川デルタに行かないか」と誘うと、意外なほどあっさり快諾された。念願の鴨川デルタに、黒髪の乙女を連れて行ける!!
待ちに待った鴨川デート、雲ひとつない快晴だった。行楽日和だが鴨川デルタは空いていた。気を抜いたら落ちてしまいそうなくらい幅がある石の足場に乗り、靴を脱ぎ川に入る。川は思っていたより浅く冷たかった。彼女がパシャパシャ川辺を歩いている姿は一生見ていられそうだ。何年も温め続けた願いが叶った瞬間だった。案外あっさりとしている。しばらくすると日が落ちてきた。
「カラオケ行こ!」
彼女が言った。なんだかその日はとても上機嫌だった。今日こそは2人で一緒に歌えるのかもしれない、浮足立ってカラオケ屋に向かう。
「90分、部屋別々で」
店員さんが一瞬困ったような顔をした後ニヤッと笑った。
※この作品は、実在の人物と実話をもとにしたフィクションです。
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