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YAXナイフとの出会い
刃物問屋の事業承継をするに至ったキッカケで
YAXナイフとの出会いが大きい。
亡くなった先々代の叔父の本棚を整理していたら、
一番下の引き出しから大量のポケットナイフが出てきたのだ。
叔母に尋ねてみると、
当社は戦前より岐阜県関市でポケットナイフの製造から始まっていたのだ。
創業者の祖父、2代目の叔父はどんな事業をやっていたのか、
既に亡くなってしなっているので聞くことが出来ない。
周りに聞いても、詳しいことを知っている人がいない。
会社のこと、その歴史が知りたくて
YAXと刻印された大量のポケットナイフを持って、
ヤフオクで落札した昭和のナイフ雑誌をで調べた
刃物の老舗を回り、このナイフをご存じでしょうか?と尋ね歩く。
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YAXのポケットナイフは、
戦前より岐阜県関市で製造を行っており、
当時はアメリカ進駐軍の兵隊のお土産として大変良く売れたそうだ。
それから祖父が販路開拓で東京に出てきてた。
伝説のナイフ職人である藤本保広さんに製作をお願いしており、
そのナイフは東京ナイフと称されている。
時代の変化と共に東京ナイフの伝統は途絶えてしまっている。
この高いクオリティを作ることのできる職人さんは、もういないようだ。
物に溢れて、何でもすぐに手に入る便利な時代になった今、
50年前のモノがつくれないのだ。どうも腑に落ちない気分になる。
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日本の大切なものづくり文化産業を守っていく上で、
良いものを丁寧に高く売る、その販路を作ることは大切なことなのだろう。それは商社ではなく刃物問屋にしかできない仕事なのかもしれない、
今は少なくなった刃物問屋の存在意義なのかもしれない。
尋ね歩いた老舗の刃物店は、実は昔からの当社のお得意様であった。
得意先の皆さまから、当社の歴史、祖父や叔父の話や、YAXナイフのことを教えて頂き、事業承継への想いは沸々と燃えてきたのです。