ハンニャのおともだち【大徳寺・今宮神社編】
ハムちゃん先生には最近不可解なことがある。
夜のお散歩をしていると、同じ場所で何者かに話しかけられるのだ。
お散歩コースは決まって大徳寺周辺。
その声は大徳寺の土塀に沿って歩く時に聞こえる。「はにゃ?」という疑問系のイントネーションで問いかけてくるのだ。
恐らく最近人間の間で流行り出した言葉なんだろうとハムちゃんは思っていた。
いつもは暗くてその姿がわからない。
そこで今日は正体を突き止めようと、明るい時間に大徳寺を歩いてみることにした。
はにゃ?と今日も聞こえる。
顔を上げてみると、土塀から般若の顔が出ていた。とても迫力があって一見怖いが悪いやつには見えない。目が合ったので、「いつも話しかけてくださる方ですよね?」と尋ねた。
ハンニャ: 怖くないのか。
ハム:いいえ、全く。
ハンニャ:わしに話しかけた者はおらん。みな怖がって逃げていく。お主は何者だ。
ハム:ハムスターです。あなたは一見険しいお顔をされていますが、目の奥に清らかなものを感じます。
ハムちゃん先生は、この般若が何度も話しかけてきた理由がわかった気がした。寂しくて誰かと話したくて、でもいつも人は遠ざかっていくばかりで相手をしてもらえずにいたのだろうと。
ハム:あなたは、いつもそこにおられるのですか。
ハンニャ:シフト制のバイトだ。こうして大徳寺の周りを悪いものから守っておる。あと10分もすれば上がれる。
ハムちゃん先生は、あの顔の正体がシフト制ということを知って必死に笑いを堪えた。
それに、シフト制ということは何人か般若がいて、入れ替わっているのだろうか。夜勤もあるのだろうか。気になって仕方ないが、詳しくは後で聞こうと思った。
ハム:そりゃちょうど良いですな。
すぐそこの今宮さんの隣で美味しいお餅を食べませんか。一緒に。
般若は泣きそうだった。誰かが何かを一緒にしようと誘ってくれたのは初めてのことだったから。
ハンニャ:いいのか。すぐに準備する。
こうして仕事終わりの般若とハムちゃん先生はあぶり餅を食べに向かった。
ハム:えー、あぶり餅を3人前お願いします!
ハンニャ:よう食べるんやな。私は1人前で。
ハム:ええ、まあ。1人前はぺろりといけるんです。ハンニャさん、あぶり餅は初めてですか?
ハンニャ:あぁ、ずっと昔から食べてみたかった。
人間が誰かとあぶり餅を食べる姿がとても羨ましくて、でも一緒に食べに行く友だちがおらんかった。顔のせいで誰も近づかないんや。
般若は悲しそうに心のうちを明かした。
ハム:そうでしたか。あなたはいろんなものをたくさん犠牲にして人間を悪いものから守っておられるのですな。素晴らしいお仕事じゃないですか。
般若はまた目の奥がジワリとしてきた。
ハンニャ:お主は普段何をしておる。
ハム:何と言いますか、今はひっそりと人間の研究をしています。元々はスパイという仕事をしていましたがしんどくなって辞めました。
スパイの養成学校で教わったんです。
良い顔して近づいてくる者ほど気をつけろってね。相手の目の奥から感じるものに勘を働かせるようにってね。見かけで判断したらいけないと言いますけど本当なんですなあ。
ハムちゃん先生は、般若が人の悲しみや孤独、闇深いものを知る優しい心を持っている気がした。
そうこう話しているうち運ばれて来たあぶり餅。おともだちと食べるお餅。あまりに美味しくて、すこし緊張して喉が詰まった。
ふたりはお互いが一人暮らしであること、お酒の好みが合うこと、それから般若は最近、チャームポイントの牙が抜けてしまったので歯医者さんに行かなければならないことを打ち明けた。
ハム:また会いましょう。今度はお月見でも。
毎週散歩でここらを通りますから。
ハンニャと出会った場所でまた会う約束をしたふたり。目の前には素晴らしい夕暮れが広がっていた。
ふたりで見れて良かったですなあとハムちゃん先生はつぶやいた。
小さなハムスターのおともだち。
この日、般若にはじめて心から守りたいと思える存在ができたのであった。