言葉で君を殺したい。
プロローグ:忘れ物
「ご注文をお伺いします」
「ホットコーヒー1つ……」
「350円になります」
私はお金を受け取り会計を済ませる。次に、コーヒーを注いでお客様に手渡す。朝はこの一連の業務が続く。
ここは駅近くにあるカフェ店。店の広さも40坪ほどあって個人経営のカフェの中ではまぁまぁな広さ。
朝は仕事に向かう社会人や暇を持て余す年配の方々が店の前で行列を作りコーヒーを注文していく。オシャレな内装や店内の音楽も台無しなくらい、店の中は雰囲気は味気ないものだ。
慣れた業務とはいえ忙しい。でも、こんな時だからこそ唐突に時間がゆっくり流れる感覚に襲われる。店内での人の動きも、道行く人たちの風景も俯瞰して見ることが出来る。
「佐藤ちゃ~ん」店長に呼ばれた。
「はーい」
「このプレートを3番テーブルに持ってって」
店長は所謂、オネェさん。
高身長で整った髭にエレガントなスーツ姿。その容姿には似合わないオネェっぷりには私も最初は呆気に取られたが今では何とも思わない。私にとっては良き雇い主である。
店長からプレートを渡された私はレジに待つお客様に「――お客様、少々お待ちくださいね」とお願いする。
手前に待つお客様は「構いませんよ」と気さくに振る舞ってくれて非常にありがたいが、その後ろに待つスーツ姿の男性は自身の腕時計を見ながら片足は落ち着きのない貧乏ゆすり。
その様子を見ていた私と目が合い、仕舞いには舌打ちをされてしまった。
「申し訳ありませーん」と、見なかったことにして窓際カウンター席の3番テーブルにプレートを届けに行く。
「お待たせしました。ご注文頂いたモーニングプレートで~す」
お客様の手前にそっとプレートを置いてから軽く会釈、その場を離れようとすると、注文を届けたお客様に呼び止められた。
「――店員さん店員さん」
「いいえ、どうされましたか?」
「いやぁね、さっきまであそこの席に学生服を着た男の子が座ってたんだけど……」
お客さんが指差す方向に目線をやると、席には飲み終わったコーヒーカップと一冊のノートらしきものが置かれている。
「あれがどうかしましたか?」
「私もスマホを触ってたので……多分、忘れ物じゃないですかね?」
「そうですか……。教えて頂きありがとうございました。こちらで預かっておきますので、引き続きお食事をお楽しみください」
私は忘れ物のあるテーブルに向かい飲み終えたコーヒーカップと忘れられたノートを回収。一通りテーブルを片付けてからレジに戻ると店長が代わりにレジを回してくれていた。先程私に対して舌打ちをした人も注文を終えて居なくなっている。正直ホっとした。
「店長、遅くなりすみません。変わります」
「いいのよ、朝は忙しいからね。ここ――任せたわよ」
店長は注文状況や作業の引継ぎを手早く行い厨房に戻っていった。オネェじゃなければ私は店長に惚れていたと時々思う。
◇ ◇ ◇
朝を乗り越えても忙しさは続く。昼のランチタイムは奥様方の雑談の間となったり、OLたちの束の間の休息として利用される。昼になるとアルバイトの女の子、佐倉さんがやってくるので今朝ほどの忙しさではない。
「佐藤先輩、そろそろ休憩入ってください」
アルバイトの女の子が気を聞かして休憩を提案してくれた。
「まだいいよ」
「先輩も休んでくれないと私も店長も気が気じゃないんですよ」
「そう言ってもねぇ……」
店の中は人でいっぱいだし、店の外を見ても展示を見て入店を検討している見込み客がまだまだ居る。
「てんちょー!!」
彼女は厨房に居る店長を大きな声を出して呼び出す。すると店長は慌てて厨房から出て、私たちの近くまで顔を下げて注意を促す。
「佐倉ちゃん、何度言ったらわかるの?私を呼ぶ際はもっと静かになさい。ここはカフェなのよ」
「静かに呼んだって店長気が付かないじゃないですかー」
彼女は店長の額を人差し指で押し返しす。店長は額を押えて大きな溜息をつき呆れた様子。
「もういいわ、要件はなに?」
「いえ、そろそろ佐藤先輩にも休憩取って貰わないとと思いまして」
店長は店内の時計を確認してから更に店の様子も簡単に見渡す。
「そうね、まぁこれくらいなら何とかなるから佐藤ちゃんは休憩取って頂戴」
「さっ、店長もこう言ってくれてますし、先輩は奥でのんびりしてて下さい」
「あっ、ちょ、自分で歩けるから――」
佐倉さんに背中を押されスタッフルームへと移動した。
――パタン。
スタッフルームの戸を閉めて一人っきりの昼休憩。ここには私と佐倉さんが使うロッカーと使われていないロッカーが数個、コーヒーを入れるためのこじゃれたポット。部屋の中央には長方形の事務用机が一つ。
賄いとして机の上にサンドイッチがお皿に盛り付けされた状態で置かれている。
「店長、休ませる気満々じゃん……」
私はエプロンを脱いで椅子に座った。
目を閉じてふーっとため息をついてゆっくり目を開くと、お客様が忘れて行ったノートのことをふと思い出す。スタッフルームにはお客様の忘れ物を管理する忘れ物ボックスがあるが、まだそれに入れていない。忙しくて無作為に自身のロッカーに放り込んだノートを確認しに立ち上がる。
ロッカーを開けてノートを確認すると、放り込んだだけあってノートのページは捲れて中身が丸見えだった。変な折れ曲がりがないか確認する。
……何も問題ない、というよりはノートの折れ曲がりの確認よりも、その中身が気になってしまっていた。
本来、持ち主の許可なくお財布や中身を除くことをしてはならないルールになっているが、ノートの文字に目を奪われてしまった……。どのページも文字がビッシリと羅列し、その一文字一文字が最初から最後まで丁寧に書き綴られているのがわかる。
私はノートを忘れ物ボックスに入れることをせず、そのままノートを持って椅子に座りノートをまた開きその内容を読んでしまった。
「ボーイズ・Be・アンビシャス……」
ノートの見開きに大きく書かれている。
その横には“友人A”と続き、その後長文が連なる。
「――小説か」
店長が用意してくれていたサンドイッチを急いで口へと頬張り、友人Aの書いた小説を読むことにした。
登場人物紹介
佐藤(さとう)
カフェで働く20代の社会人女性。“言葉で君を殺したい”の主人公。友人Aが忘れて行ったノートを勝手に読み始め、そこから物語の本編が始まる。
店長
主人公の働くカフェのオーナー。基本は厨房で働き、人手が足りないとレジに出てくる。外見的特徴は高身長のジェントルマン。しかし、オネェ。スタッフに慕われる愛されオーナー。
佐倉(さくら)
佐藤より後に入ってきた女子アルバイター。
あとがき
このカフェで繰り広げられる物語は一度ここで区切りとなり、ここからは物語の第一章となる『ボーイズ・Be・アンビシャス』が始まります。
あとがきなんてものを入れてはみましたが、物語について話し過ぎることは無いと思います。多分。
“言葉で君を殺したい”の今後の展開を楽しみにしてくれているかもしれない読者の方には申し訳ないので、あらかじめこの物語の構成を軽くお話しておきます。
物語の構成
当作品は全部で3部構成です。
ボーイズ・Be・アンビシャス
? ? ?(公表不可)
言葉で君を殺したい
大層なことをしたい訳じゃなくて、ただ作品を通して伝えたいことを書いていたらこんな形になってしまいました。
最後に……
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