転職回顧録⑦騙し討ち
「こういうのを。騙し討ちって言うんよな」と。
ちょっとお高めのしゃぶしゃぶ店。中庭に面した個室。正座で。思ったのは。ワタクシたらうた。
時は2020年。言わずと知れた。コロナ禍真っ只中。乱発された非常事態宣言と蔓延防止等重点措置期間の。ちょうど合間のこと。
ワタクシの横には会社の先輩・ベテランの『嘆き節』。
向かいには弊社と長い長ぁいお付き合いのある取引先社長・通称『ミスター』。
本日のメンツはこの3人。もう一人の先輩・ドベテラン『地軸』は。本日。いない。
ワタクシたらうたが。不惑も近い齢になり。人生最後のつもりで転職してきた先は、某メーカー。片田舎の、小さな営業所。
ワタクシ入れて。定員3人の我が部署には先輩社員2名。職歴8年のベテラン・通称『嘆き節』と。職歴17年のドベテラン・通称『地軸』がいて。
挨拶もしない、目も合わせない程に。いがみ合い、憎しみ合っていた。
弊社と長い長ぁいお付き合いのある取引先社長・通称『ミスター』から。新人で入社した者はみな、先輩どちらかにお近づきになり。
庇護下に入ることで。この会社に居場所を作ってきた伝統があると教えられ。どちらにつくのか?問われるも。
面倒ごとは御免。女同士の不毛な争いに巻き込まれるなんざ、糞喰らえ!、だと。言葉が悪いので。謹んで訂正し。召しませ大便!と。どちらにもつかない決断をする。
どちらにもつかない、その代わり。まともに会話が成立しない、先輩両人の。意思の疎通を手助けすることで。この会社に居場所を確保。
これまでも。そしてこれからも。どちらにも組せず。ごぜうはごぜう派。永世中立国・ごぜう帝国の建国。
周辺の『地軸王国』『嘆き節共和国』とは。さくっと。不可侵条約締結しちゃうもんね。と。
思っていた矢先の。『地軸』抜き飲み会。所用あって来れないのか?尋ねたワタクシに。『嘆き節』。意味ありげな微笑を送る。
確かに『嘆き節』は。ワタクシにこう言った。
「『ミスター』がコロナの次の波が来る前に、皆で一度飲もうって言うんだけど来れる?いつがいい?」と。
『皆』とは言ったが。『地軸も来る』とは。確かに言ってない。そういえば誘われた場にも。『地軸』は。いなかった。
その時点で。日ごろの両人の間柄を鑑み。察せなかった。ワタクシたらうたの落ち度でもある。が。
実際に会場入りするまで。「地軸は来ない」と。告げられなかったことに。卑怯なり!!との。思いを禁じ得ない。
どちらともお近づきになりたくなかった。ワタクシたらうた。
『地軸』の知らぬところで。二人で。『ミスター』にしゃぶしゃぶを御馳走になった、既成事実が。出来てしまったではないか!
陰キャで。口数も少なく。引っ込み事案の人見知り。だが。妙に味方が多い『嘆き節』。不思議に思うことはあった。
これが『嘆き節』なりの。味方の作り方。必殺の。根回し力の。一端なのか!?
人の金で。飯を食わせて。それで味方に引き入れようとは。流石ベテランぞ!ついでに本人もうまい肉にありついて。その発想、あっぱれじゃ!誉めて進ぜよう!
しかし、だ。日頃の行いから。『嘆き節』であれば。このくらいの仕掛けは。「やりかねん」の。一言なのだが。
それよりも。
ワタクシたらうた。弊社と長い長ぁいお付き合いのある取引先社長・通称『ミスター』が。
一取引先の四十路女同士の不仲などに。干渉していたのが想定外。中立の立場なのだと思い込んでいた。が。まさか『嘆き節』派の人間だったとは。これまで。全く気づいていなかった。
社外の人間であっても。先輩両人の争いに。加担していない、とは。限らないことを思い知った、ワタクシたらうた。『ミスター』よ…お前もか…?『ミスター』よ、お前もかあああああぁっ!!!
入社してほどなき頃。『ミスター』から。『地軸』『嘆き節』どちらにつくのか問われ。その時は答えず。心配してるか、面白がってるか、と。思ったが。『嘆き節』に頼まれての。隠密行動だったのやもしれぬ。信用しなくて良かった…迂闊に喋らなくて良かった…やはり人間なんて信じたらろくなことがないんだ…人間なんか大っ嫌いだあああぁ!!!
肉は旨かった。酒も旨かった。だが。なんと後味が悪いのだろう。
やっぱりこの世は。娑婆。
魑魅魍魎の跋扈する世界だったのだ。