80mm/h以上
職場の駐車場から出ると西の空が光っていた。ひやっとする西風、雨が急に降り出す兆候。家まで10分強。いけるか?
西の空がぼんやりと光っていたのはわずか1分ほどだった。稲光はすぐに空いっぱいに広がり東も南も西も自分の上方もあちらこちらが光る。やばいなと思っていたら、左の視界ギリギリに稲妻が走る。ゴロゴロと雷鳴が鳴るまでの時間をカウントする。右の視界にも稲妻が走り、手に当たる落下物に痛みを感じた。バラバラと音を立てて降り始めた霰はヘルメットやバイクに当たり結構な音を立てる。夕方のラッシュ時間、普通に走れば10分の通勤路は混雑すると倍の時間がかかる。進まない車の列に並びながら道路で跳ねて飛ぶ霰をみつめる。
霰なら濡れずに済む。霰のうちに家にたどり着きたい。田舎は雨宿りできるような店もなく屋根のあるところはない。吹きっさらしの県道、A市からC市へ抜ける車通りの激しい道。職場を出て3分ほどでいきなり痛みを感じるほどの雨が叩きつけてきた。
リュックの中のスマホは背中側のポケットの中。そこに雨が到達するまで何分か。
神様、どうかスマホだけは無事なうちに帰れますように。財布も他のものも濡れてもいいです。年末調整の書類を持って帰ってくるんじゃなかった。でも乾かせば済みますから。スマホだけは!
そんなふうに祈りながら、ノロノロとしか進まないラッシュ時の県道を進む。
雷鳴が轟く。稲妻が天から地へ向かい炸裂する。バイクに乗っている自分の非力さを痛感した。車に乗っている人々が恨めしい。バイクを先に行かせてやろうという親切心は持ち合わせていないのか!そんな理不尽な八つ当たりを口走る。雨粒が背中を伝ってきた瞬間、県道を外れる決心をする。混雑した道路では万が一何かあった時に通報してもらいやすかろう、そんな気持ちから渋滞に巻き込まれていたが、雷鳴轟く集中豪雨なら抜け道を進まないと風邪をひいてしまいそうだった。
抜け道に入ると一層雨足が激しくなり、ヘルメットをかぶっている自分の視界は1メートルくらいになった。スマホのことなどどうでもよくなり、命乞いが始まる。
どうか雷に撃たれませんように!
どうか雨で転倒しませんように!
どうか無事に家に帰れますように!
走りなれた道であってもこれだけ視界が効かないと危険だ。ゆっくり走り真っ暗な抜け道をゆく。やがて街灯のある県道に出てあと500mくらいで自宅だというポイントにきた。
ピカッバリバリバリバリ
ひっ
人はすごく驚くと声が出ない。近くで雷が落ちる。あと400m、あと300m。そしてついに自宅の庭に入りバイクを停めて玄関に入る。
ヘルメットの中さえびしょ濡れで、リュックを下ろすと上着のフードあたりに溜まっていた雨水がざーっと玄関ポーチの床に流れ落ちる。雨に降られたという様子ではなく、洋服を着たまま川で泳いだに近い状態。かろうじて撥水加工のパーカーが上着が濡れるのを防いでいたが首元から雨が入っていたのであまり意味もなかった。
雨雲が来るなと感じてから、実際に降り出すまでの時間が短かかったように感じた。シャワーを浴びて年末調整の用紙などリュックから物を取り出し机の上に並べて乾かす用意をした後天気図を確認する。天気図は午後6時ごろ西から真っ赤な雨雲が市の半分を覆うほどの大きな塊で東へ流れていた。落雷の危険エリアも広く黄色のプラスのマークが塗り重ねられるようについていた。バイクで職場を出た直後防災速報が一件入っていた。猛烈な雨80mm/h以上。確かにそれくらいだった。
「夕方雨が降るって言ってたもんなあ。あ〜あ〜」呑気に父がそう言った。