エイリアンの傷痕3
生きているだけで概ね成功
「どうぞ〜久しぶり〜元気〜?」
ドアをノックして失礼しますと診察室へ入るとヤマネコとキノコちゃんは定位置の椅子に座りにこやかだ。
「お久しぶりです、元気です」
そう答えて苦手なクルクル回る椅子に座る。
「骨密度ね、いいですよ、合格!」
先程測定した骨密度の結果の用紙を左手に持ち、渡してくれた。
「傷の具合はどう?ドレニゾンテープ使った?」
「はい、すごく良かったです!すごく良かったんですが」
そうそうと頷きながら話を聞いていたヤマネコが「ですが?」と意外そうに聞きかえした。
「はい、すごく良かったんですが1ヶ月で使い切っちゃったんです」
「ちょっと傷を見せてくれる?」
前開きの検査着を開いて傷を見せる。
「あぁほんとだね、薄くなってきてるね。うんうん。だけど一ヶ月で無くなるってどう貼ってたの?」
「えっと一枚の大きさがこのくらいですよね。三等分に切って使いました。毎日張り替えて10枚あったから約一ヶ月で無くなりました」
「だめだよ、そんなに大きく貼っちゃ!傷の部分だけに貼らないと〜。ステロイドがはいってるから正常な皮膚に貼ると皮膚が薄くなってきちゃうからさ〜」
「ええっ?だからすぐなくなったのか、ふふふ」
「だめだよ〜!」
「すみません」
「説明受けなかった?」
「薬剤師さんが、傷に合わせて貼ると仰ったので、傷を覆うように大きめに貼るのかと思ってしまいました」
「そっかぁ、説明が悪かったね。傷の大きさに切って貼ると言えば良かったねえ。ちょっともう一回傷見せて。そうだなぁ、この真ん中のあたりは綺麗になって来てるから、真ん中は貼らなくていおや。両端の赤くなってるとこ、傷の大きさに切って貼ってね」
「わかりました」
「じゃあ、何枚出す?」
「はい、ちゃんと傷の大きさに合わせて小さく切って貼りますので、前回と同じ10枚くらいいただけますか」
「そうだね、同じでいいね」
モニターのカルテの私のエイリアンの傷痕を図説してあるところに赤色で傷の様子をスケッチするように描くヤマネコをみて、赤色でも描けるんだなどとぼんやりと思った。
「じゃあお薬出しますね」
「よろしくお願いします」
と、またここでいつもの去り際がよくわからない雰囲気になり、終わったかどうかわからない時はみんなどう尋ねているのか?と疑問に思う。ヤマネコ先生に正面向けていた体を少し斜めにしつつ立っていいものかと迷っていると向こう側でキノコちゃんがふふっと笑ったのがみえた。ヤマネコがいう。「いいですよぉ」と。
立ち上がりドアのところで会釈してありがとうございましたというと「ど〜も〜」とヤマネコの声がした。
私の胸のエイリアンを切除する手術を受けたのは昨年の10月7日だった。今日は車で言うなら一年点検の日。いつものエコー検査、血液検査にくわえて、胸のレントゲン写真、残っている右胸のマンモグラフィー、骨密度測定が行われた。
検査の結果はどれも異常なし。再発や転移の兆候なし。Dr.ヤマネコ、あなたたちのおかげです。今日の診察では一年無事に生きてこられたことへの謝辞を述べようと練習までしていったのに、ご機嫌さんな調子で迎えてくれた雰囲気に飲まれすっかり頭から飛んでしまった。
私の態度から恐らくは謝辞は伝わっていると信じよう。
生きているだけで概ね成功。
そんな2023年の秋。
乳がんサバイブ一年目。
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