三日間の箱庭(37)攻防戦、第二幕(最終話)
前話までのあらすじ
警察の浜比嘉おとり作戦は成功したかに見えた。だが、ヒムカへ向かう浜比嘉らはバイクの一団に襲われる。それは、クラムシェルの襲撃部隊だった。拳銃を1丁しか持たず、バイクによる攻撃。彼らはヒムカへの入り口を目の前にして、安藤、武藤を始めとする警察官、そして空手の達人、尚巴と麻理子の接近戦によって制圧されていく。
クラムシェルの主力としては不十分な襲撃。だが彼らはどうやっておとり作戦に気付いたのか?そして、尚巴と麻理子は大型バイクの攻撃部隊から浜比嘉を守り切れるのか?
この攻撃には、意外な人物が関与していた。
日本警察とクラムシェル、そしてクロスライトの戦い。
終結。
■攻防戦、第二幕(3)
クラムシェルの襲撃は一時収まり、両者は膠着していた。電動門扉は動かず、浜比嘉が入るにはごくわずかに開いた隙間を通るしかない。だがその瞬間は格好の標的だ。情報では、おとりの警護車を襲撃したクラムシェルは自動小銃で武装していたらしい。
-バスの男は拳銃だった。こいつら銃を持ってないのか?ってことは、こいつらは主力ではない?
-そうか、だから4名の警官隊でも押さえられるし、突っ込んでくるヤツはバイクで特攻か。
-しかし銃を絶対持ってないって確証はない。切り札に温存してるのかも。
-それなら応援が来るまで、そこまで持たせれば。
思案する武藤の目の前に数名が歩み出る。その歩みには迷いがなかった。
黒主来斗と、護衛のクラムだった。
「黒主君、危ないぞ!後ろに下がって!」
声を掛ける武藤に、護衛のひとりが応えた。
「大丈夫です。彼らもクラムなんです。ライトクロス様を傷つけることはありませんよ。私たち護衛も、ライト様があなたたちの闘いに巻き込まれない為の護衛なんですから」
そのとおりだった。クラムシェルが来斗に向かって銃口を向けることはない。来斗はクラムシェルの一団に語り掛けた。
「皆さん、クロスライトです。皆さんは僕の考えに賛同していただいた方たちの中でも、最も強い意志を持っている方たちだと、僕は思っています。ただ、先日のテレビ番組の中で、僕が皆さんにお願いしたメッセージは、届いているのでしょうか?」
クラムシェルに語る来斗の後ろで、小鉢が興奮していた。
「カメラ!ちゃんと撮ってるか?さっきの戦闘も撮ったな?今だぞ今!さくらちゃん日本語実況して!しほりちゃん英語でテキスト実況して!小室、局に連絡しろ!配信だって、クラウドに上がるから取れって言え!」
来斗が蕩々と語るのは、3日間の幸せの先に4日目があるのなら、世界の平和を実現したクラムこそが、次の人類の希望、というメッセージだった。先の番組と同じだが、今回そのメッセージは、目の前のクラムシェルに直接響く。
「僕の目の前にいる皆さん、クラムシェルと呼ばれている皆さん、僕の考えを理解して欲しい。僕と共に、人類の未来を見つめませんか?」
ふぅっと息をつく。いつもの来斗の間だった。
「これがクロスライトから、あなた方への希望のメッセージです」
心酔するクロスライトが目の前でメッセージをくれた。クラムシェルの面々に陶酔を含んだ静寂の時間が流れる。だがその静寂は、ひとりの男の大げさな拍手で破られた。
拍手をしているのは、集団の中央でバイクに跨がる小柄な男だった。男はバイクを降り、フルフェイスのヘルメットを取りながら歩み出る。その男の顔を、来斗は知っていた。
「上村、か?」
男は来斗の同級生、上村由羽だった。最初の5月28日に武藤弘志らと共に来斗を虐め殺し、次の28日には来斗に殴り殺された。
更に次の28日には、自分の父親が来斗の母を殺害し、その父親は来斗に瀕死の重傷を負わされている。
「お前、しゃべれなくなったんじゃ?それにそのバイク、中学生なのに」
「はっ!そんなのいつの話だよ!確かにお前に殺されてからしゃべれなくなったけど、あれから何回死んだと思ってる?もう死なんて怖くないんだよ!それにこんな世界だぞ?中学生がバイクに乗ったごときで咎めるヤツなんて、いると思うか?」
上村は後ろを向いてクラムシェルに叫ぶ。
「どう?ライトクロスなんてこんなヤツ。ただの口が上手い中学生!僕を見てよ、クラムシェルでも注目の若手筆頭株!裁いた人数も数え切れないよ。4日目なんてないんだ、この3日間で人生完結!そうでしょ?この考えを否定するヤツはみんな犯罪者だ、みんな裁いてやろうよ。僕たちでさ!!」
上村の言葉はそれなりの説得力を持っていた。クラムシェルたちに動揺が広がる。
そこに武藤が進み出て、上村に叫んだ。
「上村君、武藤だ。武藤弘志の父親だ。教えてもらえないか?君たちはここを、どうやって知った?」
宮崎というキーワードは浜比嘉から漏れた。だが、そこから先に何があるかは、漏れていないはずなのだ。しかも、今回の浜比嘉教授身代わりは極秘の計画だった。
「あぁ、弘志のお父さん。聞いてないんですか?教えてもらったんですよ、弘志に。俺の親父を追い掛けろって、言ってましたぁ」
「な、ひ、ひろしが、クラムシェル?」
「そうです、あいつもクラムシェルです。元は来斗に殺されて恐れて、そして感化された、ただのクラムでしたけどね。僕がクラムシェルになってあいつを引き入れたんです。以前、僕はあいつに、あなたの息子に従うだけのクズだったけど、今は違う。クラムシェルの中では僕の方がずっと上!僕の言うことはなんでも聞きますよ?あいつ、警察官の息子のひろし君は」
-弘志は気付いていたのか。いつもの仕事と違う俺の様子に。もしかして安藤さんとの電話も聞いていたのか?しくじった。警察官の俺から情報が漏れて、この事態を招いたなんて!
武藤の肩が震えている。歯ぎしりの音さえ聞こえる。
「それにもう、クラムシェルの主力にも連絡しました、この場所もばれちゃったから、すぐに九州全域から集まりますよ?あいつらも最初から僕の言うことを信じればいいのに。拳銃1丁しかくれなかったし。でも今回のことで僕がクラムシェルのトップに立つ、かもしれないな」
陶酔に浸る上村をよそに、来斗が小鉢を見やる。
「小鉢さん、いいですか?これから僕が前面に出ます。しっかり撮って、世界に同時配信してください」
そして来斗は一歩前に出た。
「世界のクラムの皆さん、この光景、見ていますか・・・」
「なに勝手に喋ってんのさ!みんな、やっちゃおう!!」
上村が吠える。それを合図にして、バイクの一団が襲いかかってきた。その攻撃の対象は、来斗も例外ではなかった。
来斗に向かうバイクの前に、護衛のクラムが立ち塞がる。四輪と違い二輪は最初の一撃さえ避ければ御し易い。しかも来斗の護衛は格闘のプロとも言える実力者ばかりだった。
間合いを計って運転者の首根っこを掴み引きずり倒す。後はそれぞれ得意の格闘術で制圧していった。
浜比嘉に襲いかかるバイクも同様だった。統制なく襲ってくるバイクは警官たちと安藤、武藤の銃撃で圧倒し、尚巴と麻理子の接近戦で次々と制圧されていく。浜比嘉の周りに、ふたりが仕留めたクラムシェルの男たちが折り重なった。
縁石や壁、門扉に衝突し、何台ものバイクがアスファルトに転がった。煙を上げているものや炎を上げているものもある。
燃えるゴムとアスファルト、そしてガソリンの匂いが鼻を突いた。煙で視界が悪い。
カメラはその様子を寸分漏らさず撮影した。その映像はさくらの実況としほりの英文を載せて世界に配信される。
「さくらさん、いいですか!」
「はい!ライト様、どうぞ!!」
「世界のクラムの皆さん、これが人間の本質です。3日間の幸せを守ることは大切なことでした。そして実際、世界中の人々が戦争を忘れ、飢えを忘れ、子供たちは笑顔です!でも、この3日間だけを守ろうとしたら、どうでしょう?僕はこの3日間だけを守ろうとしたわけではない。そこから続く未来を守りたかった!」
来斗の心からの叫びは、世界中に届く。
だがそのとき、燃えるバイクの煙に紛れながら来斗に近づく男の存在に、気付くものはいなかった。
「見てください!この3日間だけを守ろうとしたから、争いが、闘いが・・・!」
突然、来斗の言葉が途切れた。
煙に紛れて近づいた男に体当たりされたのだ。目を見開いている来斗から、男がゆっくりと離れる。
来斗の右胸には、ナイフが生えていた。
さくらの悲鳴が響いた。カメラは、その光景をも捉える。
来斗を刺した男、それは、上村由羽だった。
上村が来斗に話し掛ける。
「ほら、もう終わりだよ?ライト様。いや黒主来斗くん。ほら!見てよ世界のみんな!ライトクロス様の、さいごだよっ!!」
最後は絶叫する上村。その顔には冷たい笑顔が貼り付いていた。
来斗は一歩、二歩と上村に近づき、その肩を掴むと、唇を上村の耳に近づける。
次に聞こえた来斗の言葉に、上村は恐怖した。
「へたくそ」
上村の額に脂汗がにじむ。全身に鳥肌が立った。知ってる。この来斗、僕は知っている。
「上村さ、人間の体のことなんにも知らないでしょ?今から教えてやろうか。あとな?忘れたの?僕は人を殺すの、得意なんだよ?」
来斗はポケットから小さなヤスリを取り出した。先が鋭く尖り、ザリザリで刺されたら痛そうな、ヤスリ。
上村はそれを見て恐れおののく。
「ひ、ひぃ、や、やめて」
上村の口から、小さな悲鳴が上がる。両足の膝ががくがくと震えている。
来斗は怯えた上村の目を見ながら、ゆっくりと言った。
「大丈夫、心配いらないよ。上村にはこんなの、使わないからさ」
-大丈夫じゃない、前にも聞いたことがある。あのときの来斗は僕を・・
殴り殺したんだ。
来斗はヤスリをポケットに仕舞うと、上村の首に親指を強く押し当て、そして素早く引いた。
よく研がれた親指の爪が、上村の頸動脈を切り裂いた。
上村が声にならない悲鳴を上げた。そして白目を剥いて倒れる。上村の服は、どす黒い血に染まっていった。
動かない上村の傍らで、手を真っ赤に染めて立つ来斗。
襲ってくるバイクは、もういなかった。
「あ、あれを見て!あっちも!」
麻理子が何方向か指差す先には、襲撃に加わらなかったクラムシェルの一団がいた。来斗の言葉に従ったのだ。それを見た尚巴が応える。
「おう、あいつら全員で掛かってきてたら、とてもじゃないが勝てなかったかもな。助かった。黒主君のおかげだ」
「違う!その後ろ!!」
尚巴は目を見張った。
バイクのクラムシェルの一団、そしてその後ろには、バイクや乗用車、トラックの集団が迫っている。
九州各県から集まった、クラムシェルの主力だった。
-バイクの連中の倍はいる。こりゃまずい。
「麻理子!今のうちに叔父さんを中に入れるぞ!あれは止められん!!」
「尚巴さん違うの!あれのまた後ろ!それからこっち側も!」
「え?あれのまた?こっち側?」
門扉の前の国道は、海から広大な宮崎平野を抜け、山手に掛けてずっと上っている。つまりなだらかな坂の中腹だ。この周辺には高い建物も少なく、見晴らしもいい。
ここ、ヒムカの情報を得て集まったクラムシェルの主力たち。しかし、その遙か後ろには更に多くの車が、バイクが、そして人が集まってきていた。
それはただの民間人、いや“ただのクラム”だった。
更に上空には、機動隊とSATを乗せているだろう、自衛隊の輸送ヘリも近づいている。
情整の部隊はクラムシェル主力の情報も掴んでいた。そしてその情報は、様々なメディアを通じて拡散されたのだ。これは日本政府の決断だった。それに加え、現場から流される映像と来斗のメッセージは、心あるクラムと、それに協調する人たちを動かした。
その圧倒的な光景に、集結したクラムシェルの主力からも戦闘の意思は消えていた。
これをもって、浜比嘉とヒムカを巡るクラムシェルとの攻防戦は、終わりを告げたのだった。
来斗の声が響く。
「誰か、だれか上村を助けてやって!血は出てるけど切断はしてない。まだ助かります!僕のことは後でいいから!」
来斗の胸には、上村のナイフが刺さったままだった。
抜けば大出血するからだ。
上村のナイフは来斗の肺まであと、少しだった。
・
・
■攻防戦、第二幕、終わり。
予告
ついにクラムシェルの浜比嘉青雲襲撃を防いだ日本警察。だがそこには、警察だけでは成し得なかった様々な要因が含まれていた。
防衛省の協力、尚巴と麻理子も大きな戦力となった。
そしてライトの叫びは、多くの心あるクラムを動かした。
ヒムカで三日間のタイムリープを破るときが来る。
果たして、人類の英知は宇宙の真理を本当に解き明かしているのか?
4日目、それは来るのか?
起承転結の、結。
最終章、4日目へ、開始。
おことわり
本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
字数約14万字、単行本1冊分です。
SF小説 三日間の箱庭
*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。
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