ショート リモートワーク
はぁ。
今日も憂鬱な目覚め。あんまり眠れない日が続いてるから。
とにかく、今日も仕事だわ!
がんばらなくっちゃ!
うちの会社は基本リモートワーク。
私が住んでいるのは地方だけど、会社自体は東京にある。
PCを起動して、専用のUSBメモリを差して、準備は完了っと。
このUSBメモリには、リモート会議ソフト、ユーザーセキュリティソフトと同時に録画管理ソフトも入っていて、リモートワーカーの業務状況や、コンプライアンスに違反するような行為がないか常に管理している。いや、監視していると言っていいわね。
でもまぁ、監視と言っても悪いことをしなきゃ全然オッケーなわけで、私は全然気にしない。
それに、やっぱり録画って重要だわ。
「やあ!おはよう!榊くん、今日もよろしくお願いしますよ!!」
田町課長、いつも異様にテンションが高い。どんな朝ごはんを食べればこんなに元気になれるんだろう。いつもホントに不思議。
「おはようございます。田町課長、今日もいつものように頑張ります」
「ああ!よろしく!では今日のミーティングを始めます!あれ?名古屋の友田くんがまだのようだね。どうしたのかな?まぁ、遅刻なら仕方ないか」
課長はモニターの中で横を向き、誰かに何か言っている。きっと名古屋に連絡して、友田くんのことを確認するように指示しているんだろう。
「さぁ!始めようか!!」
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もう夕方になってしまった。
今週の目標はひとり2%の効率上昇だったから、ひとつひとつの注文処理の効率を少し上げる工夫をすれば達成できる。でも、そうだなぁ、お昼ごはん休憩を少し切り詰めれば達成できちゃうから、まぁ楽な目標よね。
「はい!今日もお疲れ様!!みなさん定時で終わりましたね!地味ですがとても大事なことです。上げよう売り上げ、下げよう残業代!!それでは、また明日!」
田町課長は最後の最後までテンションが高い。ちょっとうざいテンションなんだけどな、でも、ちょっと助かるわ。
「では、これで失礼いたしまーす」
私はモニターに頭を下げて、録画管理ソフトを終了した。
さぁ、今夜はなにを食べようかな。
冷蔵庫を開けると、タマゴが切れている。野菜はまだ少しあるけど、早く食べなくっちゃ。お肉は、冷凍の豚バラがひとパック分。
暗くならないうちに、調達しなくっちゃダメね。
私はさっと身支度を整え、近所のスーパーに向かった。
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野菜はずいぶんと選ばなくっちゃならなかったけど、冷凍のお肉とかお魚はまだまだあったわ。冷凍食品も充実してるし、そうだなぁ、明日は冷凍庫を持ってこようかしら。配達は無理だから、小さいタイプを何台か持ってくればいいわ。
私はそんなことを考えながら、美味しそうなカルボナーラをフォークに巻き付けた。
もちろん冷凍パスタよ。
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朝。
また目が覚めた。
朝が来れば目が覚めるのね。気分はやっぱり憂鬱だわ。
私はお茶を沸かして軽い朝食を取り、ジャージの上下に着替えた。
今日は会社を休むつもり。でも、一応会社には繋がなくっちゃ。
PCを起動していつものようにソフトを立ち上げた。
「やあ!おはよう!榊くん、今日もよろしくお願いしますよ!!」
田町課長のテンションはいつものように高い。
「おはようございます。田町課長、でも今日は所用がありまして、午前中のお休みをいただきたいと思います」
「ああ!よろしく!では今日のミーティングを始めます!あれ?名古屋の友田くんがまだのようだね。どうしたのかな?まぁ・・・」
私は最後まで聞かずにソフトを終了した。
ふぅ、さ、行こう。ホームセンターに。
冷凍庫をもらいに行かなくっちゃ。
私は近所で手頃な軽トラックをお借りして、ホームセンターに向かう。
街で動いているのは、私の軽トラだけ。
ううん、きっと私だけなのよ。生きているのは。
あの日からずっと。
あれは名古屋から始まった。そしてあの日の夜には日本中が大騒ぎになった。名古屋の栄がまず壊滅。それからあっという間に被害は広がって、数日で日本が、そして世界が滅亡した。
みんな、何かに殴られたようにパタリと倒れる。それっきり。人間だけじゃない。犬も、猫も、鳥も、魚も、みんなパタリと倒れ、落ち、そして浮かんだ。
生きているのは私だけ。私だけが、なぜか死なない。
原因は分からない。最初の夜、テレビやネットは蜂の巣を突いたように原因をまくし立てていた。それは未知の病原菌なのか、それとも未知の宇宙線なのか、はたまた世界のどこかで暗躍するテロ組織のマッドサイエンティストによる実験なのか。
もう何も分からない。だって、生きているのが私だけなんだもの。
ただ、私にも分かることがある。それは、死んだのが地球の全生物だということ。目に見えないバイ菌も含めて。
だから、みんな腐らない。
スーパーのお肉コーナーの焼き肉や魚コーナーのお刺身も、腐っていないの。だからって食べることは出来ない。だって、軽トラに乗っていたおじさんも、スーパーのお客さんも、通りで倒れているサラリーマンや、ベビーカーを押してるお母さんも、ベビーカーの赤ちゃんも、みんな、みんな、腐っていないんだもの。
生の物を食べてしまったら、もしかしたら、私は正気を失うかもしれない。そして、すべてを食べてしまうかもしれない。
生きるために。
あれから2ヶ月。電気はまだ止まっていない。水道もガスも大丈夫。ネットも繋がってるわ。
すべてのSNSも動画サイトも、あの日から更新がないけれど。
たったひとり、私だけが更新しているけれど。
だから、今の私を支えてくれるのは、田町課長だけ。
ありがとうございます。田町課長。
あなたのハイテンションが、私の心を支えています。
さあ、持てる大きさの冷凍庫は見つけた。
冷凍食品も調達したわ。早く帰って、PCを起動しよう。
そして、録画管理ソフトを立ち上げて、言わなくちゃ。
「今、戻りました。田町課長」
私はその言葉を、一度だけ練習してみた。
ひゅう、と、風音だけが私に応えてくれた。
了