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三日間の箱庭(32)ヒムカ計画(最終話)

前話までのあらすじ
 浜比嘉教授がクラムシェルに狙われる。
 その切っ掛けを作ってしまった藤間綾子は反省しきりだが、浜比嘉は気にせず、いよいよ迫る実験について話し合う。
 宮崎で行う実験には、瞬間記憶を持つ浜比嘉による機器の操作とデータの入力が絶対に必要だった。
 予行演習を兼ねて、宮崎で集合する計画を立てる浜比嘉ら3人。

 那覇空港へ向かう浜比嘉の車は、クラムシェルの追尾にあっていた。
 しかし、日本警察もその動きを察知している。
 日本警察対クラムシェル、ファーストラウンドは情報戦となった。

 そして世界に向けた、4日目への実験開始の発表が始まる。


■ヒムカ計画(2)


 東京都某所会議室。
「クラムシェルの通信傍受は成功しています。全国各地で捉えていますが、やはり浜比嘉教授のいる沖縄と黒主来斗のいる東京で活動が活発化しています。また、全国のクラムシェルが集結するとの情報も、未確認ですが入っています」

 情整、相沢補佐の説明に耳を傾けるのは、警察庁長官、警視総監を始めとする警察トップの幹部たちだった。

「浜比嘉教授にあっては、本日午後の航空機で那覇から宮崎に飛び、BSCの主要メンバーと打ち合わせの模様です。クラムシェルはその動きを追って、ヒムカの場所を特定する可能性があります」
「それはまずいぞ、連中がヒムカの存在に気づけば次の3日間で先手を取られる。なにしろ宮崎にもいるだろ、クラムシェルが」
「そのとおりだ。それとこの報告にあるとおり、クラムシェルは一般人ではないようだ。防衛省上がりか、米軍関係者か、それとも某国工作員か」
「それはある。普通のクラムにもそういう関係者はいるし、警察官でも有り得るからな」
 警視庁の遠山が声を上げる。
「お言葉ですが、それを前提とすれば、警備体制の構築が不可能になります。身内を信じなければ隊の結束は保てません。ましてや同じ釜の飯を食った仲間を裏切るとは、到底・・」
「うむ、そうだな。あくまで普通のクラムの話だ。クラムシェルのことではないよ」

 そこで情整の本間課長がまとめに入った。
「では、浜比嘉教授の宮崎行きは沖縄県警に指示を出して空港で押さえましょう。東京の藤間教授、京都の竹山教授も同様に。それと、浜比嘉教授の自宅から那覇空港まででかなりのクラムシェル要員が絞れました。またこの動きと連動する各地の情報も入っています。これらは今後の動向次第で押さえることにしましょう。防衛省などとの情報共有はこちらから繋いでおきます。長官、これでよろしいでしょうか?」
 警察庁長官は大きくうなずいた。

 5月29日、午後3時、那覇空港。
 那覇空港ロビーに着いた浜比嘉は、発券のためカウンターの列に並んでいた。浜比嘉の後ろにもすでに数名が並んでいる。そこに制服警官が近づき、声を掛けてきた。
「浜比嘉教授、申し訳ありませんが、こちらへ」
「お?おまわりさん?なんでしょう」
 訝しげな顔をする浜比嘉だったが、言われることには察しが付いていた。
「豊見城警察署のシンガキ巡査部長です。私も詳しいことは聞いていないのですが、教授のご搭乗を止めるように言われています。それと、ご自宅までお送りするように、とも」
「あいた~、やっぱそうですか!もう私の車は帰ってますからね。しかしここに来るのにも県警の方が付いてたんですがねぇ」
「はい、そこは管轄が違いますから何とも言えませんが、上からの指示ですので」

-この人も仕事なんだから、しょうがないか。

 そう思った浜比嘉の頭に、竹山と藤間の顔が浮かんだ。
「じゃ、ちょっと待ってくださいよ?合流する予定だった人がいるもんで」
 スマホを取り出そうとする浜比嘉だったが、これも警官に止められた。
「あぁ、それも聞いています。そのお二人も教授と同じように止められていますから、連絡しないように、とのことでした」
「むむ、そうでしたか。日本警察は優秀ですなぁ。しかし残念!!今夜は美味い魚と地鶏で美味い焼酎を飲むはずだったんだが、“木挽”とか、知ってます?」
 浜比嘉はつい楽しみにしていた酒宴のことを口走ってしまった。

 その時、静かに発券の列を離れた女がいたことに、浜比嘉も警官も気付かなかった。

 5月29日、夜。
「竹山さん、藤間君、今日は全く残念だった!ホント」
「いやまぁ残念ではあるが、確かに軽率だったよ。私が言い出しっぺだからな、謝らなきゃなぁ」
「竹山教授、私だってホイホイ同調しちゃったんだから、同罪です。すみません」

 浜比嘉と竹山、藤間の3人は、次の5月28日に発表する内容をオンラインで突き合せていた。もっとも内容については既に細部まで決まっていたから、簡単な段取りの確認だけなのだが、ついにここまで来たという充足感と、これから起こりうる事の重大性に3人とも緊張していた。だからこそ3人で顔を合わせ、酒でも飲みながら話そう、ということなのだが、浜比嘉が狙われていることや、ヒムカが機密事項であることを考えれば、やはり軽率であったことに間違いはない。

「まぁとにかくだ、次の28日、日本時間の朝5時に発表するんだから、実験は30日に実施するってな。これは全世界同時発表、我々の配信と同時に各国の首脳が発表することになっている。我々の責任は重大だぞ」

 そう語る竹山に浜比嘉が応える。

「竹山さん、そう力まなくても大丈夫ですよ。俺たちが伝えるのは30日にやるってことだけ。あとは各国の政府が上手くやりますって!それよりも、実験自体がコケないようにしなくっちゃ」
「そうですよ竹山教授、私たちの本当の役目は無事に実験を終えること。今回この3日間を破れるかどうかは別にして、世界初の試みなんだから、失敗すればまた計算してやり直せばいい。それよりも、世界のどこにあるのかも分からなかったヒムカの場所が知られること。その方が重大かもしれません」
「いや藤間君、ヒムカがどこにあるかは言わなくてもいいんじゃないか?実験には関係ないことだ。粛々と進めればいい」
「そうだよな、竹山さんの言うとおりだ。俺らが警察の保護の元集結しさえすればいいんだ」
「そう、ですね。そうですね!では次の28日朝5時に、浜比嘉さんは起きたらすぐに空港に向かってくださいよ?」
「おう!なにしろチャーター機だからな!俺が来るまで待っててくれるさ!ふたりもな!」

 3人は互いにうなずきながらオンライン会議を終了した。

 そして日本時間5月30日の夜、次の3日間の初日、日本時間5月28日午前5時に実験の詳細を発表する、というアナウンスが、全世界に向けて流された。


 5月28日、午前4時、ハイアーク&ホテルズ・トーキョー。

 警視庁が用意したホテルの会場には、すでにマスコミ各社が詰めかけ、それぞれライブ放送を始めていた。竹山は京都からオンラインで参加し、会場では藤間と東京在住のBSCメンバー、そしてヒムカを主管する文部科学省の官僚が対応することになっていた。
 そして5時、予定どおり会見が始まった。
 3日間のループを破る理論と実験の概要については、先に行われた会見の内容と大差なかった。そして今、その実験がこの3日間の中で行われることが正式に表明されていた。

「・・ということであります。ですからこの発表の後、日本政府も正式に国民の皆様にお願いいたしますし、世界各国の政府も同様に、各国民の皆様にお願いをいたします。つまり、実験成功の暁には、4日目に国民の皆様が無事に行けますよう、この3日間の活動は慎重にお願いしたい、ということなのであります」
 司会も務める文科省の官僚がいかにも官僚らしい堅い言葉で締めた。
 即座にマスコミ各社の質問が飛ぶ。
「藤間教授!今の発表では理論的な説明の繰り返しでしたが、具体的にどこで実験を行うのでしょう?また、成功の確率はいかがでしょうか!」
 藤間はできる限り丁寧な言葉で応える。
「どこで、どのように、誰が行うのかも含め、私からは発言を控えさせていただきます。できましたら、この後文部科学省のご担当者にご質問いただければと思います。また、成功確率ですが、何パーセントなのか、ということははっきり申し上げることができません」
「テレビニッポンです!先日弊社の番組の中で“成功の確率はほぼ100%では”というような科学者の発言もありましたが、いかがですか!」
 モニター上で竹山が応える。
「あれは、ふたつの非常に低確率な現象が重なって起きたことを前提にしています。もちろん私どもの理論もそのように考えておりますし、この実験で生ずるわずかなエネルギー現象がそのどちらかに影響することを期待しています。ただ、100%とはとても言えません。それが現状です」

 アメリカ人記者が手を上げた。

「浜比嘉教授は、最重要人物の浜比嘉教授は今どこに?」
 これには文科省の官僚が応える。
「それについてはお答えできません。この後も質問はお控えください」 
 その後、壇上の藤間とモニター上の竹山に対し、マスコミ各社が競って質問を投げ掛けるが、その内容はどれも似たようなものであった。会見を主管する文科省の官僚が締めに掛かる。
「各社の記者の皆さん、この実験が非常に重大な結果をもたらすことはご理解いただけたと思います。故にこれは、国家の安全保障上の問題と捉えていただきたいのです。ですから、この実験をどこで行うのかなど、これ以上のご質問にはお答えできかねます。ひとえに、この3日間を慎重に、取り返しがつかないことにならないようにお過ごしいただきたい。実験が成功すれば時間はもう戻らないのです。それでは、会見を終了させていただきます」
 半ば強引な幕引きであった。
 記者たちが上げる抗議の声の中、会見は終了した。


「ふぅ、やっぱり楽ではなかったわね」
 藤間は会見場を出て廊下を走っていた。羽田では宮崎行きのチャーター機が待っているからだ。
「確かに、我々では竹山さんや藤間さんのようには答えられませんでしたよ」
 会見に同席したBSCのメンバーも走っている。彼らを警護するSPたちも同様だ。
「竹山教授も伊丹空港に向かってるわ。とにかく急ぎましょう、ヒムカへ」

BSCは、宮崎に集結する。

そこが、決戦の地だ。

■ヒムカ計画、終わり。


予告
 ついに4日目への実験が始まる3日間。5月28日、浜比嘉教授はヒムカへ向かう。
 決戦の地、宮崎にはすでにクラムシェルが入り込み、活動を開始していた。クラムシェルの追尾を受ける浜比嘉が乗る警護車両。
 だが、日本警察はその動きを逐一捉え、決戦の地をどこにするかを検討していた。

 起承転結の転も大詰め。
 新章、攻防戦、開始。
 

おことわり
 本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
 本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
 字数約14万字、単行本1冊分です。

SF小説 三日間の箱庭

*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。



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