ここ最近読んだ本
みなさん、せっかくの読んだ本、忘れてませんか?
わたしは忘れます。
どんどん忘れます。
このnoteで、文学フリマで買った本など、ちゃんと書いておくとひじょうにべんり。とわかったので
書いときます。
4冊。
濱野ちひろ『聖なるズー』 (集英社、2019年11月)
この世には「動物性愛」という性愛のかたちを持つ人間がおり、それは「獣姦」とは違うという。何が違うか。それは、心理的な愛着があること、ひいては”同意”の取りつけがなされているということ。
もちろん糾弾は止まない。
「動物が同意してるなんてわかるわけない」と・・・。
本書はドイツで活動する「ZETA(寛容と啓発を促す動物性愛団体)」のメンバーに、2016~17年に取材して書かれたノンフィクション。
彼らは、相手が求めてきたときのみ性行為を行う「受動型」を中心としている。
分類を細かにしていけば、能動/受動/両方、異性/同性/両性、1パートナーのみ/複数、1種族のみ/複数、人間性愛あり/なし・・・等々、あまりに分別は多岐にわたるのでそれは置いておいて、核心は動物への感受性の違い、ひいては「他者」の挙動への解像度の差ではないか。
設立メンバーの一人、ミヒャエルは言う。
この本は単に対象を(いわゆる”客観的に”)取材したものでなく、著者のバックグラウンドがまず最初に書かれてある。それは、あまりに苛烈なDV被害者の経験だ。「性愛」は当たり前に幸せに存在するものではなく、著者には捉え直しが必要だった。本書で記録される研究はそうして始まる。
第一章で、動物保護団体のスタッフが唾棄するように放つ「アブノーマルなのよ!」という言葉がある。しかしアブノーマルと囲ったところで、何かが済むことはない。
本書は「ズー」(zoophileの略からなる動物性愛者の呼称)の全容を網羅した本ではないし、そもそもそんなもの書けるわけがない。肝要なのは動物という他者へ向けるズーのまなざしや感受性であり、また著者がズーという他者に出会っていく過程だ。自分の抱いている世界がゆっくり変容していくさまを、読者も体験するのである。
ただし本書中、そんな団体と喧嘩別れしたという人物との出会いは、不穏な影を落とす。
ミステリやサスペンスなら伏線が回収されたろうが、残念ながらそちら側の言い分はあまり取材されなかった。ただ、本書のタイトルが他ならぬ彼の言葉からもたらされていることは重要だろう。
なおこちらは、文学フリマのつながりで手に取った本。
『季刊性癖』さんが”シャチになりたい人間”エニオンさんの記事を載せており、
そこから、エニオンさんが出演した「ABEMA Prime」の動画を見、
そこで佐々木俊尚さんが参考に挙げたのが、本書だった。
https://note.com/hamachiichiban/n/n379bb89107fd#670b5cc4-e8db-4de2-acdb-10468eb9acbe
スギモトマユ『ロンドンアドベンチャー通信』 (KADOKAWA、2023年4月)
こちらも文学フリマから。
『ヨーロッパの美しい文具店』を出されていたスギモトマユさんのエッセイマンガ。この期間にヨーロッパめぐりをされてたわけね。
https://note.com/hamachiichiban/n/n379bb89107fd#ccc76687-7976-4595-8fd3-5f478916d16e
ビザの取りかたから持ち物、服装、役立ったものいらんかったもの、といったハウトゥーをおさえつつ、こまかい驚きから、異国の地で心が自由になるさま まで、色んな感情とエピソードがとても面白かった。
さいごに置かれた、海外=楽しい、ではない立場のひとの話も良い。
海外行きたい。
木石岳『歌詞のサウンドテクスチャー うたをめぐる音声詞学論考』 (白水社、2023年7月)
macaroom、というエレクトロニカユニットの、作詞作曲アレンジ担当でカンフーをやるアナーキストかつ楽曲の権利を解放してるからmacaroomの曲は色んな場所で自由に使用できるしYouTubeでは現代アメリカポストモダン文学やなんやの話をよくアップしているmacaroomではアサヒという名のひとが書いた本。
わざと、よくわからなくしてみましたが
名著です。
内容の軸はとてもシンプルで
「うたの歌詞について話すとき、
どんな”音”で歌われてるかも大事な要素として語れるようになろう」
ということ。
歌詞カードを読んでこの歌はこういう内容か・・・と思っても、歌を聴くとそんな印象は全然なかったりする。
そこから
「じ、実はこんなことが歌われていたのか!」
と、”答え”にしちゃったりするのだけれど、
でも
「そんな印象で聴こえなかった」こと、
「音からは、歌詞の意味とは別の印象が生みだされている」ことも、同じように大事なのです。
これまでは、それを語る言葉や共通認識が作られてこなかった。
そこで「音声詞学」と呼んで、入門書、議論の基礎を作ったのがこの本なのだ。
歌詞の文字的内容は「音」よりも受け取られやすい、という現状がわからないかたのためにもうひとつ。
シンディ・ローパーの曲「シー・バップ」がアメリカで、卑猥だ、と槍玉に挙げられた件について。
という、これは木石さんが勝手に書いた「されない解釈」である。
抗議団体が問題にしたのは無論「ヴァイブレーションを感じてる」とか「アソコをめちゃめちゃにいじる」といった歌詞の文言だった。だいたい、そうですよね。
でも言われてみれば引用部のようなことも、表現として作られてはいる。それを、共通認識として立証するのが難しいだけで・・・。
本書の内容、ヘェェーと思った一部をいうと
・母音=ア・イ・ウ・エ・オ それぞれの音に感じる「明るさ/暗さ」と、倍音の分布
・そもそも音=聴覚を「明るい/暗い」と形容する共感覚性について
・音の印象と図形がリンクする「ブーバ/キキ効果」研究
・「1音符にひらがな1つ」と説く作詞入門書はどうなんだ ~「モーラ」と「音節」~
・歌唱による 母音の消失、無声化 等々
・きゃりーぱみゅぱみゅ「PONPONPON」分析 ~音表徴と文学的歌詞の差について~
などなど、などなど。
とくに、「PONPONPON」の分析結果には笑ったなぁ。
採りあげる楽曲にはYouTubeリンクが載っており、聴きながら読める。
こうして、大量に俎上に載せ、論じる観点を身につけてゆく過程を旅する。
と締める、この文体は――これはアサヒさんのYouTubeを最近立てつづけに見てるからかもだけど――端正に学術書のモードを基本にしてはいるが、ところどころでねじけたユーモアが表出していて、読みすすめていく上で、とても楽しい水先案内だった。
シンディ・ローパーに関する引用部もそうでしょう。
というわけで、木石岳/アサヒ 個人チャンネルと、macaroomの所属レーベルチャンネル。
若林踏・編『新世代ミステリ作家探訪 旋風編』 (光文社、2023年11月)
2022年1月からの同名トークイベント10回分を収録したインタビュー集。
ミステリー評論・書評家の若林さんが聞き手となって、作家の読書歴から各作品のエピソードまで、(おそらくトークイベントの起こしからかなり手を入れて)たいへんリーダビリティが高く仕上がっております。
こうして話を聞いていくと全部の本を読みたくなるのだけど、さて執筆とは別でとくにいいなあと思ったのは、浅倉秋成さんのミステリ原体験エピソード。
「名探偵コナン」の本筋を、小さくなってしまった体を元に戻すこと、だと思っており・・・
これ、妙に普遍性があるというか、めちゃくちゃいい話ですね。
しかもその子が長じてミステリというジャンルの作家になるとは・・・。
若林さんは「みんなのつぶやき文学賞」の主催をつとめておられ、自分はボランティアスタッフやっております。宣伝。
2023年の新刊小説への投票は、2024年1月下旬に受付予定なので、ぜひに~。
了