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【小説】 過去と未来と馬

私は過去の人だ。

過去の人というと、一時はなにか社会に影響力があったけど今はその力がないか、あとからもっとすごい人間が現れて、私が過去の人になってしまったように聞こえるが、そうではない。

私は過去から来た、タイムトラベラーなのである。

なぜ過去から来たかというと、未来に起こることを知り、過去に持ち帰って、そこで一山当てようと思ったからだ。

未来のことを過去に持ち帰って自分のためにお金にできることはたくさんある。

まず、技術だ。
かつて私が住んでいた時代には、温室効果ガスを減らす技術だとか、安全に原子力を管理する技術とか、空を飛べる車の規格統一だとか、とにかく求めている技術があればお金になった。

次に、知識。
未知の生き物や、謎の生き物の正体がわからなかったら、「それはUMAだ」「フェイクで誰かが作った話だ」で終わらせる風潮があった。「どうせムーに載るネタだろう」と一蹴される。
こういったことは未来で明らかになって、そのエビデンスを持って帰ったらきっとお金になる。

そういった科学的なことではなく、私は単に、競馬の着順を知って過去に戻り、競馬で勝つためにここ未来へ来たのだ。
だって一番手っ取り早くお金になる。

そう、私は楽をしてお金を手に入れたいのだ。
もともと努力家ではないし、できれば仕事なんかしないで遊んで暮らしたいのだ。

過去にいた時には、「どうしたら楽にお金を稼げるか?」ばかり考えていた。

宝くじを当てたいと、ジャンボ宝くじは福連という100枚セットで購入して毎回夢を見ては現実に引き戻され、競馬は万馬券ばかりを狙って大金をつぎ込み、結局大穴なんてめったに当たらないから、予想をしている時だけが幸福だった。

そして、そんな毎日を繰り返しているときに出会ったのが、ウメというばあさんだった。

ウメばあさんとは、近所の公園で出会った。
私が、金曜日の夕方、公園のベンチで競馬新聞を大きく開き、翌日の中山競馬場開催の第5レース、「中山メイクデビュー」という初出走馬のレース予想のため、赤いサインペンで馬柱にマルやバツをつけていた。

ばあさんは、別のベンチで座っていて、こっくりこっくりと船を漕いでいた。

私は視界に入るその姿を時々気にしながら予想していたのだが、ばあさんが居眠りが深くなり、今にもベンチから落ちそうに傾いたあたりから、競馬予想に集中できなくなった。

ばあさんは、まあるい背中をもっと丸くして、頭が膝につくほどになり、まるで、ベンチに置かれた大きめのサッカーボールのようで今にもコロンと落ち、コロコロと転がってすぐそばの砂場にゴールするのではないかと、競馬と同じく当たるはずのない予想をしてしまう。

ばあさんの、その危なっかしい姿勢が前のめりになるたびに、「あっ」と声が出そうになる。

突然、ばあさんの動きが止まり、目を見開いて、いきなりこっちを睨むように顔を向けた。

「ヒッー」と声が出そうになったのは、しっかりと目が合ってしまったからだ。

なんだか、バツが悪くなり、中途半端に会釈をした。そうするしかなかったのだ。

ばあさんは、顔をクシャクシャにして笑い、やはり会釈を返してきた。
そして近寄ってきて、「あんたさんは何してるのかい?」と声をかけてきた。

「競馬予想してるところですが、おばあさんがベンチから転がらないかと心配で見てました」

「ああ、邪魔しちゃったわね。いつの競馬だい?」

「明日のなかやま・・」と言いかけたときには競馬新聞の第5レースの予想しかけのところに頭を近づけていた。

「おばあさん、競馬わかりますか?」

「ああ、私の若い頃は、目黒に競馬場があってね、よく通ったもんだよ」

意外な言葉に私はおどろいて、「へー、じゃあ、この2歳馬のデビュー戦を予想してみてくださいよ。いまどっちの馬が2着に来るか悩んでるんです。

「ひ〜、わはははぁぁ〜」
ばあさんは急に大声で笑い出した。

「どっ、どうしました?」

「だって、あんたぁ、大負けしとるねぇ〜。こんな予想して、当たるわけないよー、はははっ」

私はムカッときて、「確かに穴を狙ってるから、普通の予想じゃないけど、そんなに笑わなくてもいいじゃないですかー!」

「当たるわけないといったのは本当だよ。まず、この馬の名前の3文字目にノが入る馬は来ないよ。〇〇ノ〇〇とかよくあるじゃないの。あれはオーナーが自分の名前を使いたいとか、血糖が強かったからってその名前を一部に使いたいからつけるんだけど、1着に来ることはめったに無いよ。もし来たらそれは大穴だ」

「だから穴狙いと言ってるじゃないですか。」

「そこが当たらないと言ってるのじゃよ。穴狙いというのは、オッズがいいとか、前走があまり良くないけど、血統がそのレースに向いてるからって選ぶでしょ?それだけじゃ当たらんのよ」

「他にどこを見ればいのでしょうか」
私はだんだんばあさんの言葉に引き込まれていくようだった。

「当たる馬を買うんじゃよ」

このばあさん、何を言ってるのかわからない。
どこを見るか聞いているのに当たる馬を買えと・・。
それがわかれば大金持ちだけど、どうやって1着馬を知るのだ?

ばあさんは、そんな私の気持ちを気にするようすもなく、
「これがくるよ。2着はこれ。3着はこいつだから、3連単は8番2番11番を買えばいいよ」
「あんたの1着予想のこいつは」と言いながら馬柱を指差して、「あしたになったら競走中止!」

「ふふふっ!!はははっ!!」
今度は私が笑う番だった。
「そんなぁ〜。そんな予想はありえないー!」
だって、新馬戦だからといって、そんな最下位候補はどうやったって買えるわけがないのに、1着から3着まで、まるで見てきたように予想するなんて、このばあさん相当あれだな・・と思うから笑うしかなかった。

「そんなこと気にせんでええ。とにかく100円でも買っておけ」

変なばあさんに時間を取られたな、と思いながら、ばあさんと別れて予想の世界へもどった。

どう考えてもばあさんの予想はあり得なかったが、数千円のうちの100円なので、ついでに買っておいた。


翌日、朝からテレビの前にあぐらをかいて、競馬中継を見ている。
予想通り、いや、予想通りにはいかず、1レースから午前中のレースは外れていく。予想した馬はすべて着外だ。予想通りだ。
まあ、いつものことだから、反省することもなく、夢を見て、そして覚めての繰り返し。

近所のラーメン屋で餃子定食を食べていたら、カウンターの上にある簡易な棚のテレビが、ちょうど午後の競馬を中継している。

中京競馬場の第5レースが終わったところで、これから中山競馬場の第5レースが始まるところだった。

開催日のだいたい4レース目か5レース目は新馬戦。

「ああ、そういえばばあさんに予想してもらったレースだなあ」と思いながら観ていたら、なんとばあさんの言う通り、一番目にくると睨んでいた馬が、故障のため競走中止、となっている。

おいおいおい、ばあさんの言うとおりじゃないか・・
どうしてわかったんだろうか?
もしかしてばあさんは競馬場で働いていて、あの馬になにかしたんじゃないか?とまで思った。

そんな訳はない、ばあさんは少なくとも80歳は超えている。
しかも若い頃に目黒競馬場へ通ってたというではないか。
もしかしたらそれは適当に言った嘘かもしれないなぁ。

なんて考えていたら、レース展開が思いもよらぬものとなっている。
ばあさんの予想が的中した。

テレビの中継アナも「何ということでしょう!大穴も大穴の2百万馬券が出ました!!」と興奮気味。

私は食べかけで箸に挟まっていた餃子を、醤油の中に落とし、そのハネがシャツにかかってしまったが、そんなことはどうでも良くて、テレビに釘付けになっていた。

確か、100円だけ買ってあったはずだ。

えええっ〜〜
100円が200万円に化けた〜〜!!
嬉しいというより、馬券がどこに置いたか心配になった。
もともとついでの、当たるはずはないと決めつけていた馬券なだけに、数千円賭けている馬券の方ばかり気にしていて、この馬券はどこに置いてあるか記憶がない。

残りの餃子定食を食べながら、
「なぜばあさんは当てることができたんだろう?」とずうっと考えていたが、そんなことがわかるはずがない。

ばあさんにもう一度会いたい。
そしてなぜ当てられたか教えてもらいたい。

もしかしたら馬柱になにか秘密の暗号のようなものがあって、その秘密を知っているものだけが、入賞する馬を知ることができるのかもしれない。

幸いばあさんの予想通り買った3連単の馬券は、他の馬券とともに見つかった。
今日も当たった馬券はそれ1枚だけだった。

馬券を確認したらすぐに、ばあさんと出会った公園に行ってみた。
しかし、これは予想どうり、会うことはできなかった。
もし会えたらばあさんに1割程度お礼を渡すつもりだった。


それから私は毎日のように公園へ行ってばあさんを探すようになった。

再びばあさんと出会ったのは、あれから3ヶ月後のことだった。
いつものように競馬新聞を脇に挟んで公園に行ったときだった。

ばあさんは、私がくることを知っていたように、ニコニコして待っていてくれた。

「おばあさん、先日はありがとうございました。おばあさんの予想が当たり、100円が2万倍の配当付きました。」
お礼の20万円を渡そうとすると、

「あんた、本当に買ったのかい?あんな当たらなそうな馬券を」
と言って、受け取ろうとしない。

「おばあさん、お名前を教えていただけますか?お礼を言いたくて探していたのです」

「おやおや、真面目なギャンブラーだねぇ。私が予想して本当に買った人はあんたが初めてだよ。
そりゃ誰もこんなばあさんの予想なんて当たると思ってないから買わないのが普通だけどね。ウメといいます。」

「そうなんですか。実は私も当たるとは思っていませんでしたが・・。」

「だから、お礼を言いたいのは私の方だよ。ありがとう。」

「ウメさん、あの馬券ですが、どうやって予想したのですか?普通じゃああいう予想できないと思いますが」
私は聞きたかったことを聞いた。

「予想はしてないよ。ゴールする順番を言っただけだよ」

「だから、どうやってそれを知ったのです?」
ウメばあさんはこちらの聞いたことといつも違う角度で答えてくる。

「それはね・・」

ゴクリとつばを飲み込み、息を止めた。

「ちょっと目を閉じてごらん」
と私の目にばあさんは手のひらをかぶせてきた。

どのくらいそうしていただろうか。
10秒くらいにも思えるし、5分くらいにも感じた。

ばあさんの手のひらの感覚がなくなっていることに気が付き、目を開けると、ウメばあさんがいなくなっていた。
あたりを見回しても、公園の中には誰ひとりいない。

なんだぁ〜、ばあさん、ごまかして消えてしまったぞ。
あと少しで秘密が聞けそうだったのに、と残念な思いが沸き立った。

家に帰って、なにか様子が変だった。
朝の食事の後、食器をシンクに置き、水をかけて置いたのに、すっかり乾いていて、薄くホコリが積もっている。

シンクだけではない。
テレビや食器棚などの家具全体が埃っぽい。

玄関のドアにぶら下がっているポストには、チラシでいっぱいだし、その中には電気水道料金の振り込み用紙が混じっていて督促の赤い文字が書かれている。

「あれ?なにかおかしいな」とつぶやきながら、それらの書類を見てみると、年号がおかしい。
来年の年号が印字されている。

「ええっ?浦島太郎になったかな?」
「ひょっとして気が狂ったか、痴呆症になったか?」

テレビをつけてみたが、テレビがつかない。
そういえば部屋の電気も点かない。
冷蔵庫を見てみる。
「ひ〜〜〜〜〜っ」慌ててドアを締める。
冷蔵庫内は冷たくなく室温。バナナやきゅうりが溶けてしまっている。
よくみていないが、他の食品は全滅だろう。
もう一度開ける勇気が出ない。

やはり私は公園で気を失い、長い間寝ていたか、起きていたかもしれないがその間の記憶がないということは、頭でも打って記憶喪失になったのだろう。

あ、ばあさんだ。
記憶の最後はばあさんに目を押さえられていたから、ばあさん催眠術をかけやがったな。

とにかく、今の状況を少しでも知りたくて、ばあさんが当ててくれた金の一部を持って、家を飛び出した。

家を飛び出した私が、飛び込んだのはコンビニだ。
まず最初に今日の日付を確認したかった。
いつもの癖で競馬新聞を手にとった。

日付は朝と同じだった・・

と思ったが年号が違う。
1年先だ。
ちょうど365日の未来へ来てしまったようだ。

1年先の同じ日ということは、曜日が1日進んでいるから今日は日曜日だ。
時間は夕方なので、ちょうど重賞レースG1が始まりそう。
手にした競馬新聞を買って、競馬中継をしている中華料理店へ入った。

その店ではやはり中継目当てに来ている競馬ファンが、餃子とビールを前に、赤い目をしてテレビを見つめている。

私も同じく餃子とビールの中瓶を頼み、店のコンセントを無断拝借してスマホを充電しながら、競馬新聞をあらためて読んでみた。

昨日より1年未来の競馬新聞は宝の山だった。
先週の競馬結果がすべて記載されている。
この数百円の新聞を持って過去に戻り、ばあさんがやったのと同じように競馬に投票したら数百万円手に入れられる。

今日のメインレースが始まった。
大本命の馬は、確か(私の)数週間前に初出走した馬だ。
1年でG1レースに出られるようになるなんて、想像していなかった。
他にも知っている馬がいたけど、知らない馬も多かった。

レースは白熱した、いいものだったけど、馬券を買っていないのでふ~んという感じで観戦した。
このレースも過去に戻ってから投票すればお金になる。

充電しながらのスマホで、JRAのサイトを確認してみる。
過去のすべてのレース結果が無料で見られる。

私はとても興奮している。
餃子もビールも味がしないほど興奮している。
過去の億万長者? ん?未来の億万長者なのか?

ここで、ふと不思議に思ったことがある。
いま、未来に来てしまった私だけど、私は二人いることになるのか?
もし、もうひとりの私と出会えたら、どうなることだろう?

人格は別になるのか?

過去に行って、過去の自分を殺すと、未来の自分が存在するはずがないからその瞬間消えてしまう・・という話はよくあるし、映画のテーマにもなっているけど、未来に行ったらその間自分はどこにいるのだろう?

行方不明になる人がよくいるけど、ひょっとしてみんな未来に行ってしまっていて、ひょっこり帰ってきたりするのだろうか?

私が過去に戻って、競馬の情報で大金持ちになったとしたら、今のアパートには住んでいないだろう。

ということは、もっと良いマンションに住んでいる自分が、どこかにいるかも知れない。

今回1年先の未来に来てしまったけど、これが100年先の未来に行ったとしたら、100年前の人間が突然現れて、周りの人間のファッションや、交通手段に自分が追いつけなくて、きっと気が狂うだろう。
今の世の中に江戸時代の人間が現れるようなものだ。

もし10年先の未来だったら、周りの人間は年をとっているのに、自分だけ変わらないということは、「あんた、年をとらないね」と言われるだろう。

1年だと誰にも気づかれず、10年で若い人、100年なら変人ということになるかな。

いずれにしても、過去の人には違いない。

それから数週間は、ネットで競馬の着順を、1年前のものから確認する。
昔に戻るときに、資料などは持っていけないかもしれないので、調べたものから頭に叩き込む。
大学入試以来の知識の詰め込み。

「あっ!」
どうやって昔に帰るのだ?
ウメばあさんしか頼る人はいない。

1年前にはばあさん元気そうだったけど、老人は転んだだけで2度と起き上がれずそのまま死んでしまうこともよくある話だ。
そうなったら、私は帰るすべはない。

若いときに目黒競馬場に通ったということは、100歳前後のはず。
それだけでも、ウメばあさんは只者ではない。
ましてや、人を未来に送るチカラを持っているわけだ。
そう簡単にくたばらないだろう。
と、自分を慰めてはみたものの、心配ではある。

なんとしても会わなければならない。
また会うためには、唯一の接点である、あの公園だ。

翌日から公園通いが再開した。
公園のベンチで競馬の結果を頭に叩き込みながら、週末は競馬新聞でレース予想をしながら、待った。
1年経っていても、公園の様子は変わらないが、ウメばあさんは現れない。

「あんた、毎日よく飽きずに公園に来るねぇ」
ウメばあさんは突然現れた。毎回、会うときは突然だ。

「うわ~、やっと会えた。待ってたよ、ウメさん。なぜ毎日ここに来てることを知ってるのさ」
私は薄く涙を浮かべた。

「そりゃ、気にしてれば何でも知ることはできるさ。あんたも毎日勉強して知ることができたろう?」

「じゃあ、ウメさんはまた未来へ行ってきたのかい?」
未来へ行ってる間はここに存在しないから会えなかったのか。
そういうことか。

だったら、この1年間は私は地球に存在してなかったってことになるな。自分に会うこともないわけだ。

「ウメさん、助けてよ。どうしたら過去に戻れる? 」

「おやおや、もう勉強はおしまいかい? 充分に未来を楽しんだかい?」

「未来ったって、たった1年じゃないか。周りは何も変わっちゃいないよ。楽しむのは過去に戻ってからだよ」

「あんまり欲をかくもんじゃないよ!」
「 あんたが未来へ行ったことで、少しだけ歴史が変わってるから、そんなにうまくは行かないよ。」

「えっ?どういうこと?歴史が変わっている?」

「例えば、過去で生きていたときに、あんたが助けるはずだった、将来の総理大臣の命が、あんたが未来へ行ったせいで亡くなったら、たった1年だけどこの未来の総理が別の人間に変わることになるでしょ?そうなったら内閣人事が変わってきて、政策も変わって、国の進む道も変わるじゃない。あんたが未来へ行ったせいで。」

「うっ、うそ。私が将来の総理を助けた? 国が変わる?」

「それは例えばの話だけど、世の中なんてそうやって動いているんだよ。政治家のひとりのスキャンダルで党が解散なんてことになるようにね。だいたい人間なんて毎日何百という二又を選んで生きているわけだよ。右に行っていたら大富豪、左へ行ったら大貧民・・」

「なるほど、そういうことか。さすが人生長く生きた人は違うね。」

「女性に歳の話をするなんて失礼だよ」
ウメさんはニコニコした顔でそんな事を言った。

「それじゃあ、帰るかね」と言って、私の目をシワだらけの小さな手で覆った。

気がついたときは、前回、未来へ来たときと同じように、ベンチに座っていて、ウメばあさんはいなかった。

帰ってきたのか?1年前に。
家に戻ってみると、まるでコンビニに買い物しに出掛けた・・くらい、何も変わっていなかったし、電気も点く。テレビも点く。

一体どれほどの時間が経っているのだろう?
今日は平日で、夕方の5時だ。
テレビのワイドショーが、どこかの警察署員の痴漢行為を報道している。
公園でウメばあさんに未来へ送ってもらってからまだ30分ほどしか経っていない。

頭が混乱してきた。
さっきまで未来にいて、2ヶ月ほど時間が経っているのに、実際は30分しか経っていない。

この30分の間に、2ヶ月ほどの経験・・というか生活を余計にしてきたということだ。
頭にはその間、競馬の結果を叩き込んだり、普通に食事したりしてた記憶がしっかりとある。

競馬の結果を思い出してみる。
いつの開催で、どの競馬場で、配当の高かったレースの1着から3着まで、ちゃんと記憶されている。

よーし、来週のレースから、大穴を当てまくるぞ!!

秋競馬の重賞レースが続く中、長年の夢が叶う今日、期待を胸に競馬新聞を開いた。

確かこの日の重賞レースは、大きな荒れもなく、順当に人気馬が上位を占めるはずだ。
結果がわかっているので、賭けてもいいのだが、その前の「3歳以上2勝クラス」というレースで大穴がくるはずだ。
まず、このレースで軍資金を作ることにしよう。

今はネットの投票で、出走ギリギリまで投票ができるいい時代だ。
私は未来の記憶を頼りに、50万円の配当になるはずの3連単に1万円賭けた。

当たるのがわかっていてたった1万円しか賭けないのか?
と、ツッコミを入れたいだろうが、このレースだけではないのだ。
いくらでも配当の大きなレース結果はこの頭の中に入っているのですよ!
まずは、私の記憶が正しいか、未来で調べた結果通りになるのかどうか、半信半疑、期待8割心配2割・・

とはいえ、もしこの予想が外れてしまったら、自分の頭を信じられなくなるという不安は、今の時代に戻ってきた時から持っていた。
ドキドキである。

ネットで投票したあと、心の不安をなんとか紛らわすために、いつもの定食屋へ行った。
なにか注文しさえすれば、長い時間競馬中継を観ていても文句は言われない。
これもいつものように餃子とビールの中瓶を頼んでテレビの正面に陣取った。

まだ11時過ぎで、他の客は多くない。

レースが始まった。
3歳以上2勝クラスというようなレースは、3歳馬から8歳くらいのベテランの馬まで出走するのだけれど、人気になるのは若い3歳、4歳に人気が集まる。
このレースも3歳馬が半数いるが、8歳馬が1頭、7歳馬が2頭出走する。
どちらも14頭立てレースの最下位人気争いというように人気がない。

そして未来の私の記憶では、1着が8歳馬、2着に7歳馬が、3着に5番人気の3歳馬が入線するはずだ。

大方の人気予想通り、若い馬が先頭を走って、縦1列に後続が続く。
そして第4コーナーで、大波乱。
先頭の馬がつんのめって騎手を落とし、後続の数頭が落ちた騎手ところんだ馬を避けるために急ブレーキ。

「おおおお~!!」
店にいた客たちは一気にテレビに注目し、声を上げた。
馬券を買ってはいなかったかもしれない客たちだが、間違いなく競馬ファンだ。

必然的に、馬列の後ろにいた、数頭の勝負となってしまったのだ。
こうなると、どういう順番でゴールしても超大穴馬券の誕生だ。
私は内心ほくそ笑みながらも、その順番が気になって仕方ない。
狙った3頭が来るにしても、投票した着順でゴールしなければ当たりにはならない。負けなのである。

定食屋の客たちも口々に、「あ~買っておけばよかった」「どれがくるんだ?」「すげーレースだ!」と騒ぎ出す。

いやあ、本当にこんなレースは見たことがない。

来た!

1着、14番人気の8歳馬。
2着、12番人気の7歳馬。
3着、6番人気の3歳馬。締め切り直前に人気順位が変わったようだ。
そして、3連単の配当が4850倍。

1万円賭けているので、4850万円の配当で、超大穴を引き当ててしまった。

思わず「やったー」と叫んでしまい、客の視線がすべてこちらに向いた。
「あ、いやー、いくつか買った複勝が入っただけです」とごまかしたが、額には汗が流れた。

すごい。何ということだ。ウメばあさんには頭が上がらない。
たまたま公園で出会っただけなのに、こんなことになるなんて。
手始めに1万円賭けただけなのに家を買えてしまうくらい儲かってしまった。
このあと、いくらでも手に入ることを考えると、身体が自然と震えてくる。

翌週の土曜日も少し配当が良いレースに賭けてみることにした。
これからは自宅でひとりテレビと携帯で賭けよう。

ところがここで異変が始まったのだ。
間違いなく記憶していた結果が当たらなくなった。
いつも1頭か2頭は当たるのだが、3頭を順番通りにゴールしないのである。

翌日曜日、早めのレースから記憶にあるレースを選んで投票してみるが、同じようにだめなのだ。

どういうことだろう。
記憶には間違いないはずだ。
未来が変わってしまったのか。それしか考えられない。

先週は見事に大穴を的中させたのに、今はだめだ。

ウメさんの言葉を思い出した。
「あんたが未来へ行ったことで、少しだけ歴史が変わってるから、そんなにうまくは行かないよ。」

少しずつ歴史が変わってしまっているのか。
私が未来へいったせいなのか。
じゃあ、私が見た未来は同じようには来ないのか。

しばらくそんな考えで悶々としながら、少しづつ賭けてはみたものの、やはり当たらない。

未来で参考にした週間の競馬雑誌を購入してみた。
表紙はまったく同じ、記憶にある雑誌に間違いない。
結果欄を見てみると、たしかに未来に見た結果とは違っている。
大きくは変わらないが、その少しの着順の違いが当たらない原因なのだ。

そして、先週の私が当てた大穴のレースの記事がコラムになっている。
見事当てたのは100口分だけだ。
一口100円だから、このレースで当てたのは私だけだったということになる。

そして記事には、「人気馬が転倒して大穴になったこのレース結果は、今後のレースに影響するかもしれない」と書いてある。
転倒したこと、大穴になった配当、どちらのことを言っているのかわからない。
たぶん両方だろう。

どう影響するか考えてみた。
騎手はこのレースを参考に、前の馬を今まで以上に来にして転倒に巻き込まれないよう注意するはず。
縦長のレースになったときに、間隔を開けるとか、横に並ぶとかを意識するかもしれない。

競馬ファンは、この夢みたいな配当を目にしたら、自分も穴場券を狙おうとするかもしれない。

競走馬の馬主は、転倒した騎手を使わないか、上手な騎手にしようと気を配るかもしれない。

調教師も馬の脚や蹄鉄に今以上注意を向けるかもしれない。

こうして考えると、いろいろな要素は未来に影響を与えるということは想像できる。
これがパラレルワールドということかもしれない。

ということは、いま自分がいる世界は、未来に行く前の自分がいた世界とは違っているのかもしれない。
ウメばあさんが帰してくれたときに、パラレルワールドの並行した時間軸の2~3本違う世界に帰ってきたのかもしれない。

ここまで考えて、私はもうひとつ、ウメばあさんの言葉を思い出した。
「あんまり欲をかくもんじゃないよ!」

「はは、ははははは!!」
私は、すごくスッキリして笑いたくなった。

そう、私はウメばあさんのおかげで、5000万円近く手に入った。
それで充分じゃないか。

「そうだ、あの公園に行ってみるか」


おわり

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