ブータン旅行記　#3　観光立国としてのブータン

※1998年に特派員としてブータンを訪れた際に家族や友人にメールで送った記録です。20年以上が経った現在のブータンはかなり変容しており、細かい事情も変わっていることにご留意ください。（文章は基本的に当時のままです）

伝統を重んじる

伝統文化といえば、民族衣装の着用義務があります。「人権抑圧」との批判をおそれてなのか明文化はされていないとのことですが、国民は外出時やオフィスなどでは伝統衣装の「ゴ」「キラ」の着用を義務づけられ、着ていないと罰金が課せられるとか。これについては若年層からの批判もあるようですが、旅行者からすると実に異国情緒を感じさせられるものです。（2010年補足：最近のブータンからの映像を見るとゴとキラを着用している国民は激減していました）

物質文化も最小限になっています。首都の街でも手に入るのは生活に必要なものばかり。「人間が生きていくうえで、本当に必要なものは実はそんなに多くないんだろうな」と思いました。取材で訪れた松茸が採れる山の近くの小学校では、棒っきれに空缶の底をつけただけの器具で、子どもが「くるまごっこ」をしていました。こんなものだけでも、子どもは十分に想像力を働かせて楽しめるのかもしれません。ひるがえってうちの長男など、決して過剰に与えているつもりはないのですが、それでも「おもちゃなんてあんなに沢山いらないなぁ」と反省した次第です。取材期間中には「機械に感謝するお祭り」という日もありました。どうもインドの風習から来ているらしいのですが、みんなでトラクターや自動車・バイクに飾りものをつけて日頃の感謝を示すもの。機械を大切にしてその恩恵を有り難いとおもう、そんな感じがいかにもブータンらしく思えました。

「観光客からぼったくる」という発想はないのか

市民は外国人ずれもしていません。年間の観光客はおよそ5000人。最近ではそんなに珍しい存在でもないのでしょうが、それでもほかのアジアの国のように「外人観光客からむしり取ってやろう」というまでには至っていない。

こんなことがありました。実はブータンは短い期間だけ硬貨を発行していたことがある。しかし硬貨というのはお札に比べるとやはり製造コストがバカにならないのでしょう、もう作っていない。実際カンボジアにも硬貨はなく、代わりにまるでモノポリーのお札のようなチャチなお札があったことを思い出します。その硬貨、まったく市中で見かけないのでこちらも忘れていたわけですが、ある日、ティンプー市内の映画館前で宝くじを売っている人がいました。これは買ったその場で当たりがわかる、いわゆる「インスタントくじ」。スクラッチ方式でそこを削りとるタイプなのですが、その売場にブータンの1ニュルタムのコインがあります。「硬貨で削ってその場で当たりを確認できますよ」ということらしく、ちょっと見せて貰うとこれが日本の100円玉と同じ素材で大きさはアメリカの25セント玉ほどながら、各種の仏具や曼陀羅風の意匠が実にいい。すっかり欲しくなり「換えてくれ」と頼んだら「いい」という。しかも1ニュルタムそのままでいい、という。うれしくなってモノポリー風1ニュルタム札と交換、「カディン・チェ（ゾンカ語で『ありがとう』）」を連発して貰ってきたわけです。しかし、こうなるともっと欲しい。かみさんの甥っ子でいろいろな外国のコインをなんとなく集めている小学生もいるし、同行のＵ氏も「お、なかなかいいねぇ」と。「これはもっと集めよう」と決心、帰国前日の午後に時間ができたので、首都の街にくり出しました。ホテルで聞くと「銀行か郵便局で換えてもらえるはず」というので、「20枚、いや、せっかくだから30枚は手に入れようかナ」なんて考えていたわけです。ところが、郵便局は午前中で閉まった、発行銀行「バンク・オブ・ブータン」もダメ。もうひとつの「ブータン・ナショナルバンク」は「うちは扱っていない」。帰国前日なだけに焦ります。で、再び宝くじ屋へ。向こうにとってはこれでも立派な商売道具、そんなに換えてくれるはずはないと思ったのですが、なんとなくモノ欲しそうに近づいていったら、なんと向こうもこちらを憶えていて、懐からコインをチャラチャラと取り出して「またこれが欲しいの？」なんて聞いてくる。「うん、うん！できれば2枚は頂戴！」ということになり、また1ニュルタム札2枚と交換。「まあこれで、甥っ子とＵさんと自分の最低3枚は確保したわい」とホテルへ。するとさきほど「郵便局へ行け」と教えてくれたマネージャーが「どうだった？」「いやぁ、郵便局も銀行も閉まってたよ」と言うと「ボクも2枚あったはずだ」と自分のオフィスの机をゴソゴソやって、本当に2枚出してくれました。「記念にあげる」というのですが、まさかそのまま貰うわけにもいかないのでまた2ニュルタムを出して交換。この硬貨、地元の人にはそんなに珍しくもないのでしょうが、こちらを憶えていてくれた宝くじ売り、ただで差し出してくれたマネージャーとのふれ合いがうれしいエピソードでした。これには後日談があります。翌日はあさ4時に起きて出国のため再びパロの空港へ。ここにはケチな売店があるのですが、ここでもくだんの硬貨を発見。ところが！なんとここでは1枚2ニュルタムで販売しているのです。うーむ、やはり外国人から儲けてやろうという商魂は少しずつ出てきているではないですか。といいつつ、ちょうど6ニュルタム余っていたので、また3枚を「購入」。こうしてお土産ができたわけです。

#4へ続く