僕の好きな詩について 第十七回 平田俊子

僕の好きな詩を紹介したりするノート、第十七回は平田俊子さんです。
不思議な詩や怖い詩を書く方ですが、これから紹介する詩はその感じはありません。

ではどうぞ。
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「宝物」平田俊子

世界で一番美しい言葉はコンセルトヘボウです

四年前のアムステルダム
午後のトラムにゆられていると
大きな建て物が前方に見えた
あれは何? と尋ねると
コンセルトヘボウとあなたは答えた

コンセルトヘボウ
そのとき私には
それが何だかわからなかった
ただ こうつぶやいたときの
あなたの声がとてもきれいで
以来この言葉は私の宝物になった

誰かがこの言葉を口にするのを
それまでも
そのあとも聞いたことはない

あなたがこの言葉をつぶやいたのも
あのときだけだ
ただ一度だけ耳にした言葉
私だけが聞いた
あのときの
あなたの
柔らかな


ここにこうして書いてしまうと
宝物はたちまち輝きを失い
蝉の死骸以下のものになる
大切なものを捨て去るために
私は秘密を打ち明けた
この言葉もあなたのことも
忘れるために

さよなら
私のコンセルトヘボウ
ときめくことはもうないでしょう
大切なものは何度でも
捨てなければなりません
別離がもたらすはずの甘い露さえ
ここに書くことで薄まってしまった
私は少しも傷ついていない
そのことを残念に思う


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切ないですね。美しいですね。この方は第一回現代詩人新人賞受賞者なのですが、彼女の第一詩集の巻頭の作品から凄い存在感です。
そのタイトルは収録の詩集と同じ「らっきょうの恩返し」。
この詩はコミカルなようでもあるし、「世にも奇妙な物語」のように仄かに怖くもある。ぽろっと「らっきょうが好き」と言ってしまったばっかりに、どんどんらっきょうが集まってくる男を描いた哲学的な詩で、とにかく独特な世界観です。
それに比べてコンセルトヘボウの平和なこと、、
ともあれ、どのスタイルにも深い部分で詩の音楽が流れている、平田俊子さんはそんな詩人です。

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