【エッセイ】杉本八段の凄い駆け引き
NHKテレビ将棋トーナメントで杉本八段ー豊島竜王の対局があった。杉本八段の弟子・藤井二冠がデビュー以来豊島竜王(叡王)に6敗を喫している背景があるので、本来なら結びつけてはいけないのだけど結びつけて考えたくなるような、そんな注目すべきカードであった。
杉本八段といえば”振り飛車研究”という印象
杉本八段といえば振り飛車というイメージがあるのは3冊ほど自分が相振り飛車に関する著書を買っているからだろう。
対局前、てっきり杉本八段は振り飛車で戦うのだろうと思っていた。しかし、とんでもないことが起こる。
【驚愕】開幕の連続端歩突き
先手となった杉本八段は、予想を裏切って開幕から▲1六歩~▲1五歩という異例の連続端歩突きを繰り出した。この2手は後手の豊島竜王が玉を1筋方面に囲えば1筋からの攻めに使えて有効という意味がある。しかしその反面、玉を9筋方面で囲われれば指し損、最悪無駄な手になる可能性が高くなる。深い研究をしていなければ、まず指せない手だ。
つまるところ、杉本八段は初っ端から「振り飛車にすればどうでしょう?」と豊島竜王を誘っているわけだ。ここで受けて立たなければ竜王の名が廃ると言わんばかり、豊島竜王はあまり指さない振り飛車を採用した。杉本八段の本当の狙いは豊島竜王を振り飛車に誘導し、その弱点を衝いていくことにあったと推察される。凄い駆け引きで、この数手だけでも見る価値がある。
素人は目の前にある局面を追うことで精いっぱいだったが、勝負が始まる前から勝つための作戦(ある意味、勝敗を左右する勝負手ですらある)を用意してきたことは犇々と伝わってきた。勝負は最後までどちらが勝ってもおかしくはなかったけれども、最終盤で13手詰を華麗に決めた杉本八段が見事に勝利した。
最終手が龍(=龍王の略称)による王手で、竜王を龍王で討ち取ったのは何とも言えない余韻を与える。豊島竜王は棋界トップクラスの実力者なので、そのような強敵から1勝をもぎ取ったことは藤井二冠の背景に関係なく胸が熱くなった。この勢いでNHK杯を制して欲しいと思う。