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日経新聞紹介『ライズ・オブ・eスポーツ ゲーマーの情熱から生まれた巨大ビジネス 』訳者あとがき

 発売後、様々なウェブメディアで取り上げていただいている『ライズ・オブ・eスポーツ ゲーマーの情熱から生まれた巨大ビジネス』が、日経新聞(8/28)で紹介されました!
 評者の中川大地さんが述べるように、本書ではeスポーツの輝かしい面もさることながら、薬物問題、労働争議、女性差別など、eスポーツという新たな業界・文化の暗部まで、あますところなく描いたノンフィクション物語となっています。今回は、そんな本書『ライズ・オブ・eスポーツ』から訳者・小浜杳さんによるあとがきをお届けします。

《冒頭前文の試し読み記事はこちら》

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訳者あとがき


 みなさんは子どもの頃、大人になったら何になりたいと思っていただろうか。
 子どもに憧れの職業を聞いた過去のアンケート結果を見ると、数十年前までは、男の子ではプロ野球選手やサッカー選手、警察官、運転士などが上位を占めていた。女の子に人気だったのは保育園や幼稚園の先生、お菓子屋さん、お花屋さんなどだ。いまは違う。『月刊コロコロコミック』公式サイトによると、子どもたちにとって「一番興味のある職業」の2020年のランキングは、一位「YouTuber」、二位「プロゲーマー」、三位「ゲーム実況者」である。


 そんな甘いものじゃないよ、とつい親目線で差し出口をしたくなってしまうのは措くとしても、多くの子どもたちが夢の仕事として憧れるということは、動画配信やゲームがそれだけ市民権を得て、社会に浸透していることの証でもある。かつてはゲームと言えば、子どもや一部のオタクだけがプレイするものと相場が決まっていた。だがいまや、アラフィフのサラリーマン男性が電車内でスマホゲームに興じているのを見ても、当たり前の日常の風景として違和感をおぼえることもない。eスポーツがオリンピックの正式種目に採用されるのではないかという話が現実味をもって取り沙汰される時代である。みなさんのなかにも、eスポーツの何がそれほど魅力なのかと不思議に思う方がいる一方で、十代の頃から当たり前のようにゲーム配信に親しみ、空前の盛り上がりを見せるeスポーツの熱狂にいままさに身を任せている方もおられることだろう。


 ゲーム、そしてその進化系とも言えるeスポーツは、いかにして生まれ、徐々に人気を拡大し、世界のトップ企業がこぞって出資する巨大産業へと発展していったのか。その過程でどのようなゲームタイトルやプレイヤーが一時代を画し、あるいは消えていったのか。eスポーツがこれまでにたどった栄光と挫折に満ちた軌跡を、ゲーム史を彩るスター選手たちの数々の名勝負とともに丹念にひもといたのが本書である


 1970年代初頭、スタンフォード大学の学生が開催した内輪のゲーム大会という形でeスポーツが産声をあげる。以後、北欧やアジアでのゲームシーンの成熟とともに「プロゲーマー」という新たな職種が生まれ、やがていくつかのゲームの爆発的人気により、定期的な世界大会の開催という現在のeスポーツの枠組みが形作られていく。いつしかそこに巨額資本が流入し……というようにeスポーツ界の急速な発展が語られていくわけだが、本書の読み物としての一番の真価は、じつはそうした歴史的概観以外のところにある。優れたスポーツノンフィクションのこたえられない魅力といえば、やはり天王山となる試合や大会の手に汗握る展開をページ上で追体験できるという喜びに尽きる。eスポーツもまたある種のスポーツだ。人生のすべてを賭けて勝負に挑むプロゲーマーたちの迫真の攻防こそ、本書の白眉である


 著者はとくに、黎明期から業界を支えてきたある一人の古参オーナーと彼の傘下のチームに多くのページを割いており、チームが史上最高の賞金額のかかるeスポーツ界屈指の世界大会で優勝できるかどうかが、終盤の最大の山場となっている。それまで有名選手や分岐点となった大会にスポットを当てつつも、eスポーツ界全体の成長と歴史を丁寧に追ってきた著者の筆は、この終盤に至ってがぜん熱を帯び、アリーナを埋め尽くすファンの熱気まで伝わるような臨場感をもって、緊迫の試合展開を逐一実況していく。チームははたして、栄光の頂点を極めることができるのか? 息詰まる勝負の行方については、ぜひ実際にページを繰って確かめていただければと思う。


 原書となる『Good Luck Have Fun: The Rise of eSports』は、2016年6月にアメリカで刊行された。著者ローランド・リーの処女作にして、唯一の著書でもある。1988年に北京で生まれたリーは、ニューヨーク大学でジャーナリズムと歴史を専攻。ニューヨークでフリーの記者をしていたが、その後サンフランシスコに移り住み、現在はサンフランシスコ・クロニクル紙で商業不動産を担当する記者となっている。ゲーム関連の仕事についていたわけでもなく、eスポーツとの関わりは純然たるゲーマーとしての情熱に根ざしていたのだ。ゲーム業界にはびこる悪しき慣習について容赦ない筆をふるい、一大ビジネスと化したeスポーツの孕む危うさに警鐘を鳴らすなかにも、リーの言葉にはつねにゲームコミュニティへの変わらぬ忠節が通奏低音として流れている。


 eスポーツ自体がまだ端緒についたばかりの日本には、賞金に関する法規制の問題など、海外とは異なる特殊な事情も存在する。また世界で大人気のゲームタイトルが日本ではそこまで普及していないケースもあり、本書を読んだだけでは日本のeスポーツ界の現状や展望をくまなく把握するのは難しいかもしれない。だが「eスポーツとは何か」、「eスポーツはいかにして現在の巨大ビジネスへと発展したのか」、そして「なぜeスポーツはそれほどファンの心をとらえて離さないのか」といった疑問に答えるのは、本書を最後まで読まれた方にはそう難しいことではないだろう。


 原書発売後のこの5年間で、eスポーツの成長はさらに加速の度合いを増している。ゲーム調査会社ニューズーによると、eスポーツの観戦者数は2020年には4億9千万人に達し、世界のeスポーツの市場規模は約11億ドル弱と見込まれている。2020年には新型コロナウイルスの世界的流行を受け、eスポーツ界でも大会やイベントの中止や延期が相次いだが、一方で、もともとオンラインでの対戦や視聴を想定したエンターテインメントであるという強みが活きた側面もあったようだ。テニスの大坂なおみ選手や錦織圭選手、NBAの八村塁選手らがeスポーツ大会に出場したり、バーチャルF1グランプリに現役F1ドライバーが複数参加するなど、eスポーツの可能性が改めて注目される契機ともなった。eスポーツをめぐるこの潮流が今後どこまで大きなうねりとなっていくのか、国内eスポーツ界の伸展への期待も含め、陰ながら見守っていきたいと思う。


 個人的な話になって恐縮だが、ふとしたことから本書の原書に出合い、その不思議な熱に感化されるまで、訳者はゲームやeスポーツとはほぼ無縁の生活を送ってきた。だが果敢にeスポーツに分け入っていくローランド・リーの旅路を拙いながらもたどり終えたいま、本書に登場するインタビュアーの女性の言葉を借りるなら、「ゲーマーではないが、ゲーマーの情熱には感嘆の念をおぼえ」ている。訳出にあたっては極力調べ物に力を尽くしたつもりではいるが、浅学ゆえに思わぬ誤謬を犯している場合もあるだろう。お気づきの点はご教示いただければ幸いである。
 
 本書が読者のみなさんのeスポーツ理解の一助となることを願ってやまない。

小浜杳

『ライズ・オブ・eスポーツ』紹介ページ

立ち読みPDF(冒頭「試合前 なぜ、いまビデオゲームなのか」)


■著者紹介

ローランド・リー(Roland Li)
1988年、北京生まれ。 カリフォルニア州オークランド在住のジャーナリスト。ウォール・ストリート・ジャーナル紙、ニューヨーク・タイムズ紙、ニューヨーク・オブザーバー紙、インタビュー誌などで活躍。医学部進学後、専攻を変えてニューヨーク大学でジャーナリズムと歴史を学ぶ。8年間ニューヨークで暮らしたのち、2015年に西海岸に転居。現在はサンフランシスコ・クロニクル紙で商業不動産の記事を担当している。

■訳者紹介

小浜 杳(こはま はるか)
横浜生まれ。翻訳家。東京大学英語英米文学科卒。書籍翻訳のほか、映画字幕翻訳も手がける。訳書に『ピーターラビット2』、『サーティーナイン・クルーズ』シリーズ(以上KADOKAWA)、『WILD RIDE(ワイルドライド)―ウーバーを作りあげた狂犬カラニックの成功と失敗の物語』(東洋館出版社)、『超一流が実践する思考法を世界中から集めて一冊にまとめてみた。』(SBクリエイティブ)ほか多数。

■目次

試合前 なぜ、いまビデオゲームなのか
第1章 悪の天才――アレキサンダー・ガーフィールドと北米の台頭
第2章 ソウルの皇帝――ボクサーと『ブルードウォー』
第3章 核ミサイル発射を検知しました――『スタークラフト2』の爆発的人気
第4章 夢のストリーム――Twitch
第5章 挑戦者、現る――『リーグ・オブ・レジェンド』の登場
第6章 アンバランス――女性と人種とゲーム
第7章 勝つために生まれてきた――『DOTA2』が賭け金を上げる
第8章 資金の奔流――eスポーツにふたたび大金が流れこむ
第9章 1800万ドルへの道――ザ・インターナショナル第5回大会
エピローグ 
謝辞 
訳者あとがき 
原註

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